クリスマスソングの、歌ってみた動画

「はっ!? 枢、あんた、歌ってみた動画投稿したの!?」


「ああ、そういえばそんな時間っすね。予約投稿してたの忘れてました」


 クソマロノックも終わり、また少し場が落ち着き始めた頃、リスナーのコメントを見た愛鈴が驚きを露わにしながら枢へとそう詰め寄った。

 彼女の質問を肯定しながら、むしろ本人がそのことを忘れていたというような雰囲気を見せる枢に対して、同期たちからの質問が殺到する。


「えっ、そうなの!? 枢くんがソロの歌ってみた動画出すなんて初めてじゃない!?」


「何歌ったんだが? わー、気になります!」


「いやまあ、色々ありまして……歌ったのは普通にこの時期の定番のクリスマスソングですよ。って、愛鈴さん? そこで何やってるんすか?」


 照れくささを感じながら適当に質問に答えていた枢であったが、ふと自分から離れた位置でスマホを操作している愛鈴の姿を見て、嫌な予感を覚えた。

 その予感は正しく、振り返った彼女は実に腹の立つ笑みを浮かべながら、彼へとこう言ってのける。


「いや~、どうせなら同期たち全員で枢くんの初のソロ歌ってみた動画を鑑賞してみようかと思いましてね~……!! どんな歌声なのか気になってるし、ちょうどいいかな~って!!」


「ふざけんな! おい、今はマジで止めろ! クリパ配信中なんだから別のことすんじゃねえよ!」


「いや~! でもやっぱり気になっちゃうしね~! イヤホンは着けるから、ちょっとだけ聞かせてもらうさ~!」


「枢兄っちゃの歌、聞がへでもらいますね!」


 クリスマスパーティーの最中、しかも配信中に自分の歌ってみた動画を流そうとする愛鈴へとツッコむ枢であったが、場の流れ的にそれを止められないことはなんとなくわかっていた。

 たらばもリアも乗り気になってそれぞれ片方ずつイヤホンを着けて視聴の準備をしており、割と本気で慌てる枢の制止も虚しく、彼の前で同期たちによる歌ってみた動画鑑賞会が始まってしまう。


「ほへ~、バラード系の曲なんだ? 枢くんの声質にぴったりだね~!」


「やっぱこの時期の曲っていうか、クリスマスソング系統はラブソングが多いわよね~! あ~、あの枢がこんな曲を歌ってるだなんて、なんか受ける~!!」


「いねす……たげ優すくて、そえでいで感情籠ってら。わー、たげ好ぎだ」


「あ~、あ~、あ~っ! すっげえ恥ずかしいんですけど!? マジで投稿時間ミスった……!!」


 せめてパーティーが終わった後で投稿すべきだったと思いながらも、そうできなかった事情がある枢は、この辱めを受けている状況に苦悶の唸りを上げている。

 冬のこの時期特有の恋のバラードをしっとりと歌い上げている彼の動画を視聴しているのは同期たちだけでなくリスナーも同じようで、コメント欄には感想が次々と送られてきていた。


【ええやん! やっぱくるるん何でもできるね!】

【イラストがエモい。これ誰が描いたの?】

【この歌は誰に対して歌ってるんですかねえ……?】

【二期生の合同歌ってみたは明るく元気な曲だったから、こういうゆったりとした曲を歌うくるるんって新鮮! っていうか本邦初公開か!】

【既に最後まで見てしまった勢なんだが、最後の演出が心臓に響いた……!! 先に逝って待ってるぜ……!!】


「あ~、クッソ……! お前らも好き勝手言いやがってよぉ。喜んでくれてるならそれでいいしそれが目的だったけど、配信中にこんな憂き目に遭うだなんてこれっぽっちも想定してなかったっつーの……!」


 元々、ファンたちにクリスマスプレゼントを贈るつもりで投稿した動画だ。こうして喜んでもらえるのは嬉しいし、その反応を見ることができて良かったとは思っているが、それでもこのシチュエーションは恥ずかし過ぎる。

 ちょっとした晒し者気分に苦虫を嚙み潰したような顔をしている枢をニヤニヤと見つめながら、愛鈴は彼をからかうようにしてこんな質問を投げかけた。


「にしてもどうして急に歌ってみた動画なんて投稿しようと思ったわけ? 結構気合入ってるし、やっぱいつも応援してくれてるリスナーに感謝のクリスマスプレゼントを~、とか思ったの?」


「……まあ、そんなところですよ。年に一回くらいはそういうことをしてもいいでしょ」


「別に悪いとは思ってないから、そんなに拗ねないでよ~! いや~、でもやっぱ結構力入れてるじゃない! イラストはしゃぼんさんに頼んだの? 編曲は誰が……あっ!」


 気付いてしまったか、とおそらくは動画の概要欄を見たであろう愛鈴の反応から何かを察した枢がため息を吐く。

 本当にこの時間帯に動画を投稿するんじゃなかったと、リアルタイムで多くの人が触れるようなタイミングに予約設定してしまった自分のミスを悔やむ彼に対して、今までとは打って変わった雰囲気の愛鈴が言う。


「あの~、その~……イラストもMIXもいい感じよね。本当、そう思うわ」


「……ええ、俺もそう思ってますよ。心の底からやってくれた人に感謝してます」


 こうなってしまっては仕方がないと思いつつ、ここからどうやって場を盛り上げ直すかを考えつつ……頭の中に愛鈴やリスナーたちが見ているであろう動画の概要欄の内容を思い浮かべる枢。

 多少の息苦しさと苦々しさを覚えながら自身が打ち込んだその文章には、こう書かれていた。


【illustration・MIX・Special Thanks……ライル・レッドハート】

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