その夜、SとR

「本当にもう大変だったんだから! あの馬鹿、本当にもう、もうって感じよ!」


「あははははは! 祈里ちゃんらしいさ~! みんなが仲良さそうで私は嬉しいよ~!」


「らしいってねえ、いきなり『ヌ゛ッッ!』だの『エッッ!』だの呻いて動かなくなるあいつのフォローをする私の身にもなりなさいよ!」


「まあまあ、いいじゃない。それ以外はいいサブリーダーとして李衣菜ちゃんを支えてくれてるんでしょ~?」


「唯一にして最大の欠点が大き過ぎるからこうしてあんたに話してるんでしょうが! この能天気おバカ!!」


 その日の夜、収録を終えて帰宅した李衣菜は、ビデオ通話で沙織へと本日の出来事(主に限界勢と化した祈里のあれこれ)について愚痴っていた。

 諸々の事情を話す中で零と有栖と遭遇したことも報告したわけだが、そのことについても沙織は興味津々なようだ。

 からからと笑いながら親友の話を聞き続けた彼女は、それがひと段落したところでぐぐっと伸びをしながら話題を転換する。


「んふふっ! それにしても、まさか李衣菜ちゃんたちが遊園地で収録してたら零くんと有栖ちゃんのデートに出くわすだなんてね~! いやはや、運命とは数奇なものですな~……!」


「お陰でもうとんでもないことになったわよ。あの二人に文句はないけど、祈里の馬鹿がどれだけ暴走したことか……」


「いや~、でも私も祈里ちゃんの気持ちはわかっちゃうな~! 二人のことを見てるとてぇてぇって気持ちになるし、心臓がきゅんっ! ってなるもん!」


 過激派とまではいかないが、同期の同僚として恋人としか思えない仲睦まじい様子を見せてくれる零と有栖の関係性に言及する沙織。

 そんな彼女の反応に「ブルータス、お前もか……」と言わんばかりのため息を吐いた李衣菜であったが、続いて親友の口から飛び出した言葉を聞いた途端、僅かに眉をひそめた。


「……幸せになってほしいよね、あの二人には。できれば、一緒にさ」


「……どうしたのよ、そんなしみじみと語っちゃって。お酒を飲んでるわけじゃないんだから、アルコールは入ってないでしょう?」


 少しだけ……いや、かなり思いを込めた沙織の声を聞いた李衣菜が彼女と同じように真面目な口調でそう尋ねる。

 苦笑した沙織は若干の気恥ずかしさを滲ませた表情を浮かべたまま、親友からの問いにこう答えた。


「だってそうじゃない? 同じ痛みを理解できて、お互いが自分を変えるきっかけを作ってくれた特別な存在で、今も手を取り合って歩き続ける大切な人が一緒なら、きっと幸せになれるって思うでしょ? 二人とも、まだ子供なのに十分につらい目に遭ってきたよ。だから、これからは二人がお互いのことをいっぱい幸せにし合えるような、そんな人生を送ってくれるといいな~……って、お姉さんはそう思っております!」


「はぁ~……気持ちはわかるけどね、同業者同士、それもタレント活動をしている者同士の交際や結婚って想像以上に面倒くさいものよ? あんただって元とはいえ芸能界に身を置いていた人間なんだから、その辺のことはわかってるでしょ?」


「う~ん、まあそれはそうだけど……そこはほら、愛の力とかでなんとかできるよ~! それに、零くんはそういう面倒くさいことへの対処のプロフェッショナルだからね~! きっと大丈夫、大丈夫!」


 あっけらかんとした口調で、能天気にそう語る沙織の様子に再び盛大なため息を吐く李衣菜。

 だが、彼女もまた沙織の意見には同意できるようで、零と有栖には幸せになってほしいと思っている。


 あの二人が抱えている事情だとか、過去だとかを詳しく知っているわけではない。

 ほんの少しだけ、沙織から話を聞いただけの自分がどうこう言うのはお門違いになる可能性だってあるだろう。


 だけど……今日、どこにでもいる高校生カップルのような初々しくも楽しそうな二人の姿を目にしたからこそ、こう思ってしまうのだ。

 零にだって、有栖にだって、あんなふうに幸せで平穏な日常を過ごす権利はあるはずだ、と……。


 およそ半年前、自分たちの不和が原因で起きた騒動を解決するために奔走していた時に見た零の姿と、今日見た彼の姿ではあまりにも大きな違いがある。

 そりゃあ非常時と平時の姿を比較すること自体が間違っているといわれればそれまでだが、気が付けば放火されている零にだって心安らかな一時を過ごす権利くらいはあるだろう。


 もっといえば、それはきっと彼がこれまで手にできなかったというものを享受する権利ともいえる。

 普通に異性とデートして、楽しく二人で過ごして……誰にもその自由を侵害されないという当たり前の幸せを、何の心配もなく味わってほしい。


 かつて二人の世話になった者として、自分と親友が再び手を取り合うきっかけを作ってくれたことに対する深い恩を抱く者として、そう零と有栖の未来の幸せを願う李衣菜は、そこではっとすると目を細めながら沙織へと釘を刺す。


「沙織、念のために言っておくけれど……絶対にこのことを配信とかで話すんじゃないわよ? そんなことしたら、大炎上することくらいわかってるわよね? 特に阿久津くんの方は、もうとんでもない燃え方するわよ!?」


「わかってる、わかってるよ~! 流石の私だってそこまで迂闊じゃあないさ~!」


「どうだか。阿久津くんも言ってたわよ、喜屋武さんは俺を燃やすダービーの本命馬だって……私も彼と同じ意見だわ。あんた、うっかり口を滑らせてまたとんでもない事態を招きそうだもの」


「え~!? それは流石にひどいさ~! 私だって最低限の慎みってものは持ってるよ~!!」


 わーわーと騒ぎ、自分の言葉に反論する沙織へと、どうだか? といった感情を滲ませた笑みを向ける李衣菜。

 親友と楽しくお喋りするという当たり前の幸せを享受する彼女は、アイドルとしてではなく一人の人間として長い夜を楽しむのであった。

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