面倒くさいこと、言っちゃうぞ
空いている左手を彼へと差し出せば、零もまた微笑みながらその手を取ってみせる。
ぎゅっと握り締めてもらえた左手から伝わってくる温もりに心地良さを覚えた有栖であったが、今の彼女はそんなことでは満足しない面倒な女の子になっていた。
「ん……!」
「え……っ?」
もぞり、もぞりと握られた左手を動かす有栖。
一瞬、彼女が自分と手を繋ぐことを拒否しているのかと思った零が握力を緩めた瞬間、有栖は上手く手を動かしてその繋ぎ方を変えてみせた。
僅かに開いた零の手の指と指の間に、自身の細くて小さな指を滑り込ませる。
そのまま、きゅっと手を握ってみせれば……普通に手を繋ぐよりも強固で甘い、恋人繋ぎが完成したではないか。
「あ、有栖、さ……!?」
「……だめ?」
あまりにも大胆な有栖の行動に流石の零も驚きを禁じ得なかったようで、狼狽しながら彼女へと声をかけたのだが……上目遣いで自分を見つめながらの甘い囁きによるおねだりによって、何も言えなくなってしまった。
無意識というか、無自覚でここまでかわいく振る舞える有栖に対して一抹の恐怖を抱く彼は、同時に愛らしいが過ぎる彼女の態度に落ち着かない気分を抱いてもいる。
対して、有栖の方はというと、零が自分の気持ちを汲み取ってくれた喜びに満面の笑みを浮かべていた。
彼女が犬か何かであったらぴこぴことかわいく尻尾を振ってその歓喜の感情を表していたであろうくらいに喜ぶ有栖は、零をリードするように手を引っ張って歩き出す。
「零くん、行こっ!」
「ああ、うん……!」
有栖に手を引かれた零は、逆に彼女にリードされている状況に多少の気恥ずかしさを抱く。
手を繋いでいることもそうだが、これはかなり恥ずかしいなと思う彼であったが、嫌だとは微塵も思っていなかった。
(な~んかバスを降りてから言いにくかったけど、ぶっちゃけこうしたかったしなあ……ここまでされるのは予想外だったけどさ)
できることならば、有栖ともう一度手を繋ぎたいとは思っていた。
ただ、一度離してしまった手を再び繋ぐというのは勇気がいるもので、もしかしたら有栖がそれを嫌がるかもしれないと思うと、踏ん切りがつかないでいた。
だからこそ、両手に荷物を持つことで紳士的に振る舞っていることを装いつつ、手を繋げない理由を作っていたつもりだったのだが……どうやら有栖はそのことを不満に思っていたらしい。
自分が考えている以上に彼女も同じ気持ちでいてくれたことを喜ぶ零は、小柄な有栖の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていく。
こちらを見つめ、楽しそうにはにかむ彼女と電車の中でした時よりも弾む会話を繰り広げながら、二人は社員寮への道のりを進んでいった。
「思ったんだけどさ……別に、次に出掛ける時も遊園地に行く必要はないもんね。二人で一緒に、別のところに遊びに行ってもいいんだ」
「そうだね。時期的に考えれば……初詣とかかな?」
「うん、その辺りだね。うん、その辺りだ……」
時期的に敢えてクリスマスを外したのは、まだお互いの心の中で自分たちは友人だという想いが残っているからなのだろう。
恋人ではないのだから、カップルが数多く出現するその時期に一緒に遊びに行くにはハードルが高いと、零も有栖も思っているようだ。
何か突っ込まれたら配信があるし……という言い訳ができるし、問題はない。
まあ、仮にクリスマスに出掛けようと言われたらOKするくらいの覚悟はあるが……と、双方が共に思いながらも、やはりそこまで踏み込むことはできないようだった。
「新年はどうなるのかな? 喜屋武さんと三瓶さんは実家で過ごすのかな?」
「どうだろうね? 大規模なコラボがあるはずだし、暫くはこっちで過ごすんじゃない?」
そんな他愛もない会話を繰り広げ、気恥ずかしさをごまかす二人。
上京組が地元に帰るなら、初詣には二人で行くしかないね~、という言葉を待っているような、そうでもないような感じがする零と有栖の間には、なんとも言えない甘酸っぱさが漂っている。(この部分で唯一名前の出なかった天は既に配信を休んですやすやモードに移行していた)
そうやって話をしながら歩き続ける中、零は有栖の歩くペースが思っていた以上に遅いことに気が付いた。
元からあまり広くはない歩幅はいつもよりも狭くなり、足を運ぶ動きもゆっくりになっているように思える。
もしかしたら……少しでも自分と過ごす時間を作るために、こんな真似をしているのだろうか?
自意識過剰かもしれないが、そのあまりにもいじらしくかわいらしい有栖の行動に胸をときめかせた零は、小さく息を吐いてから彼女へと尋ねる。
「ねえ、有栖さん。俺も一回だけ、面倒なこと言ってもいい?」
「え? な、なに……?」
不意に投げかけられたその問いかけに、ぴくっと反応する有栖。
少しだけ期待が込められている彼女からの視線を浴びながら、零は自分なりのわがままを口にした。
「少し、どこかで座って話さない? 温かいコーヒーでも飲みながら、のんびりしたいな」
「あ、えっと、その……うんっ! わ、私もそうしたいって思ってた!」
「よかった……! ファミレスとか、その辺でいい? こういう時に使えるいい感じのお店、知らないや」
「どこでもいいよ。私たちまだ未成年だし、お酒飲めないもんね」
かああっ、と顔を赤らめた有栖がそう答える。
そんな彼女の反応を喜ばしく思いながら、繋いだ右手に力を込めながら……零は、有栖と共にゆっくりと歩みを進めるこの一時を穏やかな気持ちで過ごし続けるのであった。
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