察しろ、零!
そこからは割とあっという間に時間が過ぎて、ホームに到着した電車に乗り込んだ二人は、人の姿が全くない車両の中で会話を楽しんだ。
どのアトラクションが楽しかっただとか、あのトラブルは面倒だったとか、久々に【SunRise】メンバーに会えて嬉しかっただとか、そういうふうに一日の振り返りをしていく自分たちの会話が、バスに乗り込む前よりも甘くないことを感じ取っていた有栖は、そのことに対しても不満を抱いてしまう。
まるで、繋いでいた手を離した瞬間に全てがリセットされてしまったような、そんな感覚。
別にこれが友人同士としては正しい姿ではあるのだが、零と手を繋いだ時に感じたあの心地良さを思い出すと、どうしてだか心の中に物足りなさが湧き上がってくる。。
さりとてそのことを彼に告げても困らせるだけであろうし、自分がどうしたいのかもわかっていない有栖は、その感情を言葉にできずにいた。
こういう時に限って鈍いというか、肝心なところでダメな零はというと、そんな有栖の胸中のもやもやにも気が付かない様子である。
そうやって、電車からも降りて、社員寮がある最寄り駅までやって来た二人は、プラットホームに降り立つと普通に改札口へと向かっていく。
そこからも出て、見慣れた街へと降り立った零は、時間と地図を確認すると有栖へと振り返って口を開き、こんな問いかけを発してみせた。
「時間も時間だし、荷物も結構あるし、タクシーでも使おうか? 有栖さんも疲れてるでしょ? お金は俺が出すから、気にしないでいいよ」
「え……?」
確かに、零の判断は合理的で正しかった。
現在の時間は大分遅くなってしまっているし、彼の両手には同期や事務所のスタッフたちへのお土産が入った袋が握られていて、しかもバスで熟睡していた有栖の体には疲れがまだ残っている。
ならばここは駅でタクシーを拾って、寮まで楽をしながら帰ろうという意見は正しいものではあるのだが……同時に、合理的過ぎて間違ってもいた。
もやもやと、心の中で複雑な感情が渦を巻く。
普段だったら首を縦に振って肯定できるはずの意見が、今日はどうしても頷くことができない。
不満というか、苛立ちというか、わけのわからない自分自身への怒りというか……そういう想いが自分の内側でぐちゃぐちゃになっていることに少しだけ不快感を覚えている有栖は、口を閉ざしたまま零の問いかけに対して何も答えずにいた。
零は、そんな彼女の態度に眉をひそめると、顔を覗き込むようにして声をかけてくる。
「有栖さん? どうかした?」
「………」
多分……いや、絶対に、今の自分は面倒くさい女になっている自覚がある。
だけれども、それを簡単に修正することもできない有栖は、僅かに息を吐くと零の顔を見つめながら口を開いた。
「……ねえ、零くん。ちょっとだけ……めんどくさいこと、言ってもいい?」
「え……?」
びっくりしている零の顔を見つめながら、静かに息を吸う。
自分が何を言われるのかわからないでいる彼を真っ向に見据えた有栖は、吸いこんだ息を吐き出すようにしてこう述べた。
「タクシー、使いたくない。歩いて帰りたい」
おねだりのような言葉を、かわいく言えた自信はない。
どちらかというと子供が親にわがままを言っているようなもので、前置きした通りの面倒くさい発言でしかないと有栖自身も思っている。
彼女からの予想外の発言を受けた零は驚きに目を見開き、視線を泳がせ、小さく唸った後……噴き出すようにして笑みをこぼすと、彼女を見つめ返して小さく頷きを繰り返しながら口を開く。
「わかった。有栖さんがそう言うのなら、歩いて帰ろうか」
僅かに苦笑の色が滲んでいるように思えるのは、有栖の勘違いではないだろう。
やはり自分の発言は面倒くさいものだったのかもしれないと、彼女は思う。
ただ、零はこの状況を確かに喜んでもいた。
面倒くさいは面倒くさいが、それでもどこか自分の心が踊っていることを自覚してもいたのだ。
そして、有栖はここまで来たらと若干の開き直りを見せると、零の両手に握られている荷物を見つめながら彼へとこう言ってみせる。
「荷物、片方持つよ。零くんにだけ持たせるの、悪いもん」
「ああ、ありがとう。じゃあ、こっちをお願いね」
テーマパークを出た時と同じように、小さい荷物を有栖へと渡す零。
そうやってお互いに片方の手が空いた状態を作り出した有栖は、心の中で彼に察してほしいと願っていた。
こうして望みを直接口に出さないことは相当面倒くさいし、察してちゃんと言われても仕方がないとはわかっている。
ただ……彼が自分と同じ気持ちであるということを確かめさせてほしいと、割と乙女らしい思考回路でそういうことを考えていた有栖は、歩き出そうとした瞬間に零から声をかけられ、そして――
「有栖さん! ……手、繋ごうか」
「……うんっ!」
――弾けるような、明るくて幸せそうな笑みを浮かべてみせた。
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