帰り道、二人で
「わざわざ服を買ってくれてありがとう、零くん」
「有栖さんが風邪を引いたら困るしね。気にしないでよ」
パレードが終わり、遊園地に遊びに来ていた人々が帰り支度を始める中、入り口付近の土産物屋で有栖のためにパーカーを買った零は、彼女からの感謝の言葉にはにかみながら応える。
ややサイズが大きめの、袖が余るパーカーを着ている有栖は所謂【萌え袖】状態となっており、幼い容姿の彼女によく似合う着こなし方(?)に少しだけ零がドギマギしていると、その有栖が半分ほどパーカーの袖に隠れた左手をこちらへと伸ばしてきた。
「う、ん……?」
「……手、繋がないの?」
上目遣いになって、多少の不安と多分の甘えを感じさせる声で零へとそう尋ねる有栖。
かわいらしい彼女のおねだりじみた言葉にドクンと心臓を跳ね上げた零は、わずかに緊張しながらも右手を伸ばし、有栖の手を取ってみせる。
「んっ……!」
きゅっと、零の右手に触れた有栖の手に力が込められ、嬉しそうな声を漏らした彼女がそれを握る。
優しく包み込むように有栖の手を握り返した零は、そのまま彼女と少しの間、その場で立ち止まっていた。
「……行こうか。あんまり遅くなると、バスが混んじゃうしさ」
「うん……!」
それから少し経って、零の促しを受けた有栖が頷くと共にようやく動き始める。
ロッカーに預けていた荷物を受け取って、それぞれが空いている手にそれを持って歩き出して……バス停に向かう道では、無言の時間を過ごした。
大きくて重い荷物を持つ零の左手と、軽く小さい荷物を持つ有栖の右手。
そして、お互いの手を優しく握り締める二つの手。
有栖の吐く息が白いもやとなって冬の夜空に消えていく中、テーマパークから出た二人はようやくそこで口を開き、会話をし始める。
「出ちゃったね、遊園地から……ちょっとだけ、寂しいな……」
「俺も少し寂しいよ。ここで過ごした時間が楽しかったからこそ、そう思うんだろうね」
「楽しくなかったらすぐに帰りたいって思うし、やっと帰れるって思うもんね。うん、やっぱり……今日のデート、楽しかったな……!」
そう呟きながら、有栖が零の手を握る左手に力を込める。
優しくその手を握り返して、自分も同じ気持ちだと零が言葉を使わずに彼女へと自分の意思を伝えれば、有栖は嬉しそうに微笑んでくれた。
パークの出口からバス停までの距離はあっという間で、帰宅しようとしている人たちの列の最後尾に並んだ二人は、前方を確認して、自分たちがバスに乗れるまでどれくらいかかるのかの目算を立てていく。
そうしながらも、零も有栖も握った手を離すことはせず、ずっと繋ぎ続けていた。
「……いつまで手を繋いでるの? 零くんも右手を使えた方が、スマホとかいじれて待ち時間を楽しく過ごせない?」
「有栖さんが離すまではこうしてるよ。嫌だったらいつでも離していいから」
「……うん」
零の言葉への返答は、やはり強めの握り返しだった。
彼女の言う通り、この手を離した方が待ち時間を有意義に過ごせるだろうし、むしろ繋いだままだと手が自由に使えなくて困るだろうに……有栖には、自分から手を離すつもりはないようだ。
ふわりと彼女に優しい笑みを向け、少しだけ自分の方へと有栖を引っ張る零。
半歩ほど距離を詰めた二人は、顔を見合わせて笑い合い、待ち時間を会話して過ごしていく。
「結局、半日くらい遊んでたのか。なんか、そんなに長く居たっていう実感がないな……」
「楽しい時間はあっという間に過ぎるっていうでしょ? 零くんがそういうってことは、楽しい時間を過ごせたってことだよ!」
「あはは、そうだね。有栖さんの言う通りだ。本当に……今日は楽しかった」
「……また次に遊びに来る時も、こんなふうに楽しかったって思えるようにしようね。絶対だよ」
「もちろん。でも、有栖さんと一緒なら、きっとどこでも楽しいって思えるから、心配してないかな」
「もう、零くんったら……!」
ふたりがそんなバカップルのような会話を繰り広げている間にも、バスを待つ人の列はどんどん進んでいく。
あと少し、もう少し……といった感じで前に進んでいった零と有栖は、次のバスには自分たちが乗れるであろうと考えたところで同じことを思う。
「……バスに乗る時は、流石に手を離さなくちゃね」
「うん、そうだね……」
料金の支払いもある。土産物を荷物置きに乗せる作業もある。だから、こうして繋いでいる手をそろそろ離さなくてはならない。
それを理解していながらも、零も有栖も繋いだ手を離せずにいた。
名残惜しい、もったいない、もっとこうしていたい。
そんな思いを抱く二人は、楽しい時間はあっという間に過ぎるという言葉の意味を身を以て体験していた。
「……バス、来ちゃったね」
「……うん。そろそろ手、離すね」
約束通り、零は自分から繋いだ手を離すことはしなかった。
最後まで自分の意思を尊重してくれる彼に感謝しながら、左手に強めに力を込めて親愛を示した後……有栖は、ゆっくりとその手を開く。
ちょうどそのタイミングで到着したバスの扉が開いて、次々と前の人たちが乗り込んでいって、そうやって自分たちの順番を迎えた零は、有栖に先んじてバスへと乗り込むと並んだ二つの席を確保してみせた。
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