終わりは、近付いている

 そこから先は、テーマパークで誰もが経験するであろう普通の遊びが繰り広げられた。


 人気のアトラクションであるジェットコースターに乗り、三百六十度回転するそれの超スピードに二人して悲鳴を上げ、盛り上がる部分で撮影された写真を見て二人で笑い合ったり、思ったよりも怖がっている自分の表情を有栖に見られた零はそのことを恥ずかしがったりもした。


 逆に、有栖が盛大に怖がったのはお化け屋敷のアトラクションに参加した時で、動く椅子に座って内部を探索するタイプのアトラクションであり、お化けとはそこそこ距離が空いた状態になっていたのだが、それでも事あるごとにかわいい悲鳴を上げて小さな体をビクつかせていた。

 零もそんな有栖の姿を目にして、からかうように笑ったりしながらも愛らしさを感じていたりして……先ほどとは逆に笑われる立場になった有栖は、不満そうにぷくっと頬を膨らませて抗議の意を示す。


 他にも、アトラクション以外の楽しみを沢山経験した。

 食べ歩きでパーク内のグルメを味わい尽くすのはもちろん、入園時にしたようなマスコットキャラクターたちとの記念撮影もしたし、特定の場所で行われるショーも観覧したりして、ただ乗り物に乗って遊ぶ以外の楽しい思い出を作っていく。


 アトラクションの待ち時間や食事中にそういった思い出に残った部分を話をすることも楽しくって、そういうふうに時間を過ごしていく内に、有栖の態度からも変な質問をしてしまったが故の妙な固さや緊張感も解れていったようだ。


 あれも、これもと今日という日に楽しめる全てを経験せんばかりに動き回って、二人で笑い合って、思い出を作り上げて……そうやって時間を過ごしていく零と有栖。

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気が付けば出掛けた時には高かった日も完全に沈み、空には月が浮かび上がる時間になっていた。


「もうこんな時間なんだ。冬は日が沈むのが早いとはいえ、随分暗くなっちゃったね」 


「そうだね……遊べるところは遊び尽くした感じだし、ここらが潮時かな?」


 現在時刻は午後六時半、パークの閉園時間まではまだまだ時間があるが、十分に楽しんだ零にとっては無理をして残る必要もない。

 閉園時間まで残ると帰ろうとする他の客たちと鉢合わせることになるだろうし、そうなったら帰りのバスに乗るのも難儀するであろうことも考えると、やや早めに帰るというのも悪い選択肢ではなかった。


 しかし……そういう合理的な考え方をしている自分とはまた別の、まだ帰りたくないと思っている自分がいることも確かだ。

 あと少し、もう少しだけこのままこうしていたいと……有栖と二人で過ごしていたいという気持ちを抱いている零が横目でちらりと彼女の様子を窺えば、有栖もまたどこか寂しそうな表情を浮かべている。


 もしかしたら、彼女も自分と同じ気持ちでいてくれるのだろうか?

 そんな期待を抱いている自分の考えは、思い上がっているだろうか?


 邪なことを考えているわけではなく、単純に二人で過ごす楽しい時間を終わりにしたくないと願う零はパークのパンフレットを見て、その後でスマートフォンで時間を確認し、少しだけわざとらしい態度を見せながら、有栖へとこんな提案をする。


「あ~、そういえば七時半から夜のパレードが始まるんだっけか? 折角の機会だし、それを見てから帰るってことにしない? 有栖さんが疲れてなければの話だけどさ……」


「わ、私は大丈夫だよ! そうだよね! 滅多に来れない遊園地だもん、最後の最後まで楽しんでいこうよ!」


 もう少しだけここに残る理由として夜のパレードについて零が触れれば、有栖が食い気味でその言葉に反応し、零の意見に賛同してみせる。

 少なくとも、有栖もまだ帰ることを望んでいないことがわかった零は心の中で安堵すると、小さく笑みを浮かべながら彼女へと言う。


「じゃあ、少し休んでから場所取りをしようか。まだ一時間くらいあるし、余裕は十分でしょ」


「うん、そうだね! 今の内に水分補給とか、おトイレとかを済ませておかないとね!」


 元気な姿を見せながら、ぴょこぴょこと軽い足取りで零の前を走る有栖。

 そんな彼女の楽しそうな姿を見ながら微笑んだ零は、軽く息を吐くと共に思う。


(やっぱ無理だよなあ、これを普通のお出掛けって言い張るのは……)


 そろそろ、自分も認めるしかなくなってきた。

 このお出掛けは普通のお出掛けではない、というより、普通にデートだ。


 色んな人たちから言われ、それを否定し続けてきたが……もうそれも限界に近付きつつある。

 ずっと否定し続けるよりも素直に認めた方が逆に楽になるんじゃないかと考えた零は、今さらかと思いながら苦笑を浮かべ、有栖の後を追って走り出す。


「待ってよ、有栖さん。そんなふうに一人で行ったら迷子になっちゃうよ?」


「あっ、子ども扱いして……! そんなことないもん。別に平気だもん」


 小さな有栖が、子ども扱いされることを不服に思いながら抗議の視線を向ける。

 その視線を浴びる零はからかうように笑いながら……あとわずかしか残っていない彼女と一緒にいられるこの時間を噛み締めるように大事に想い続けた。

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