デートをすると、間違いなく遭遇する

(もうだめだ、限界だ……! 死ぬ、死ぬぅ……!! 助けてくれ、枢……)


 その日、源田界人は限界を迎えていた。

 いや、限界勢なのはいつも通りなのだが、そういうてぇてぇの過剰摂取によって限界を迎えているという意味ではなく、普通に体力が尽きようとしているという意味である。


 生活安全課が行う遊園地でのPR活動に参加しろと命じられた彼は、健康で若い男性という理由で警察のマスコットキャラクターである『ピポパポくん』の着ぐるみを着て園内を歩き回る役目を押し付けられる羽目になった。

 まあ、そこそこ怖い顔をしている自分が遊園地を歩いていたら子供たちも怖がってしまうから、これはこれでちょうどいいかも……と思ったのは最初だけで、思っていた以上にしんどい着ぐるみでの活動には、流石の界人も疲れを隠せないでいる。


 このキャンペーンも最終日、既に三日ほどピポパポくんとして着ぐるみの中で活動している界人は、蓄積した疲労と息苦しさに限界を迎えようとしていた。

 そんな彼に追い打ちをかけたのは多忙なスケジュールと疲弊のせいで推しである蛇道枢たち【CER8】所属Vtuberたちの配信を見ることができない日々で、ストレスによって疲労感が最大限まで増幅させられているのである。


(俺、生まれ変わったら枢の家の壁に転生するんだ……! そんでもって、くるめいを見守り続けててぇてぇを摂取し続けるんだ……!!)


 もうここで自分は死ぬだろうから、来世について考えておこう。

 警察官として真面目に人々を助けてきたし、きっと神様も多少の我がままなら聞いてくれるはずだ。


 そんなふうに疲労感とストレスによって正常な思考能力を失っていた彼がその場に出くわしたのは、ある意味では運命だったのかもしれない。

 蒸気機関車のアトラクション前で、何か騒ぎが起きていることをぼんやりと理解した彼がおぼつかない足取りでそこに向かってみれば、そこにはガラの悪い中年男性に絡まれているカップルの姿があった。


 しかも……よくよく見て見ればそのカップルは推しである蛇道枢と羊坂芽衣そっくりで、枢が芽衣を庇うように叫ぶ男と相対しているではないか。


(ああ、前にもこんなことがあったな……! 夏頃だっけか? くるめい欠乏症にかかって、何もかもが枢と芽衣ちゃんに見えてて、デートしてるカップルの姿が二人に見えたことがあったっけか……!)


 【クリアニ】の収録のためにショッピングモールへと出掛けた零と有栖のデートにばったり遭遇していた界人は、その時のことを振り返ると共にまた自分が幻覚を見ているのだろうと勝手に一人で納得した。

 もしかしたら頑張っている自分に対して神様がご褒美をくれたのかもしれないと思いながら、界人は警察官として……いや、一人の限界勢としてすべきことをし始める。


「お前と、お前の彼女! 二人分のチケットと荷物を寄越せ! んで、俺たちに謝罪――ん?」


 叫ぶ男性に歩み寄り、その肩を叩いて自分の方へ振り向かせる界人。

 まん丸目玉と大きな口が特徴的なピポパポくんに肩を叩かれた男性が面食らう中、彼はそのままその男の体を担ぎ上げ、片手で上空へと放り投げた。


「あひゃ~~っ!? ななな、なんだ~っ!?」


「ふっひひふひひ、ひひ~っ!!」


 着ぐるみの中で奇妙な笑い声を出す界人だが、その声は外部には漏れていない。

 くるめいの幻覚を見たことで得た高揚感が肉体の限界を超えた結果、今の彼は完全にリミッターを外した状態になっていた。


 その状態で、まるでピザ職人が生地を伸ばすように片手で成人男性の体を放り投げ、回転させていく。

 最初は困惑していた男性も段々とこの状況に対して恐怖し始め、先ほどまでの威勢が消えた弱々しい声で悲鳴を上げ始める。


「だ、誰か、助けてくれ~っ! 下ろして~っ!」


「あ、あんた~っ!!」


「おぎゃ~っ! パパーっ! パパーっ! おんぎゃ~~っ!」


「な、なんだ、この状況は……?」


 空中を舞う中年男性と、彼を片手で放り投げる謎の着ぐるみという違和感しかない光景と、周囲に響く悲鳴と泣き声に困惑する零。

 目の前にいる着ぐるみの中にまさか自分の名物ファンが入っているなどとは思いもしない彼が言葉を失う中、こっそりと近付いてきた係員が声をかけてきた。


「お客様、大変申し訳ございません。スタッフの対処が遅れたせいでお客様にご不快な思いをさせてしまいました。あちらの家族連れのお客様には退園していただきますので、また後でアトラクションをお訪ねいただいてもよろしいでしょうか? ファストパスは再発行いたしますので……」


「ああ、はい……こっちこそすいません。余計なトラブルを起こしちゃって……」


 アトラクションスタッフに案内され、ひっそりとこの場を去っていく零と有栖。

 そのことにも気付かないまま、残された界人は横暴な家族連れへの制裁を続けていた。


「あひゃひゃひゃひゃ! くるめい最高~っ! 将来的にはガンも治療できるようになるぞ~っ! うっほほ~い!」


「も、もう、限界……許してください、俺が悪かったです……ひぃ、ひぃ……」


 目を回し、肉体的にも精神的にも限界を迎えた男性が青い顔になりながら許しを請う。

 しかしながらそんな声が今のハイテンションPマン状態の界人の耳に入るはずもなく、これから暫くの間、彼とその家族は自分のしてしまった愚かな行動のツケを支払う羽目になり、その後でスタッフに強制的に退園させられることとなったとさ。




 ……なお、界人の方も怒られそうになったが、騒動を見ていた客とスタッフたちのとりなし、そして何より彼が疲労の限界を迎えていたことが考慮され、始末書を書くだけで済んだそうな。

 ちなみにこの直後に明らかにおかしくなっていると判断された界人は病院に搬送されたため、零と有栖と顔を合わせることはなかったという。

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