叔母さんに、相談だ


「……で、私に相談を持ち掛けたってわけかい?」


「ええ、まあ……ちょうどよかったんで……」


 その翌日、定期面談のために【CRE8】本社を訪れた零は、その終わり際に昨日からずっと抱えている悩みを薫子へと吐露し、彼女に相談を持ち掛けた。

 悶々とした感情のまま、答えが出せないでいるその問題に対して真剣に悩む甥の様子に苦笑しながら、薫子は彼へと言う。


「なんていうか、珍しいね。普段のお前なら、この程度のことはサクッと済ませられそうなもんじゃないか」


「そりゃあそうでしょうけど、今回は場合が場合っていうか……お礼の品を渡すが=でデートに誘うみたいになっちゃうのってどうなのかなって思うでしょう?」


 当たり前といえば当たり前の話だが、零は有栖が自分をどうやって励ましてくれたのかを薫子に報告していない。

 抱き締めてもらったりだとか、膝の上に有栖を乗せて一緒に映画鑑賞をしたりだとか、膝枕をしてもらったりだのの甘いというか恥ずかしいあれやこれやを話すつもりなどあるはずもないので、その辺のことは上手くぼかしている。


 ただ、叔母として零の性格を熟知している薫子からしてみれば、彼がどうしてここまで悩んだり迷ったりしているかの部分についておおよその見当はついている状態のようだ。


(多分だが、中途半端なところで止まってるんだろうねえ……零の性格上、最低でもキスまでいってれば正式に恋人になるために迷いなく有栖を誘うだろう。逆に、あまり意識するようなことがないんだったら、いつぞやの時みたいに普通に遊びに行くだろうしね)


 有栖との距離が近過ぎるくらいにまで接近しているのなら、このチャンスを最後の一押しのために使うだろう。逆に、そう近付いていないのであれば平然と彼女を誘うことができるはずだ。

 つまりは誘いたいけどそのことを躊躇しているという中途半端な態度こそが彼と有栖との距離をそのまま表しているということで、実に悩ましくじれったいその状況をからかうかのように薫子はこうアドバイスを送る。


「別に悩むほどのことじゃないだろうに。お礼っていう名目もあるし、偶然っていう言い訳も利くんだ。なにより、普通に二人で出掛けたり家で過ごしたりしてるんだから、そのくらいで慌てたり悩んだりする必要なんてないだろう?」


「今までと今回とでは話が違うって。色々あって慰めた男が急に遊園地のチケットを渡してきたら、絶対に下心があるって警戒するって……!」


「でもないんだろ、下心は。この機会に有栖をどうこうしてやろうとか、考えてるわけじゃあないんだろう?」


「当たり前でしょうが! 俺は心の底から有栖さんに感謝してるからこそ、なんの気兼ねもなく遊園地を楽しんでもらいたいんだよ! 俺と一緒だと落ち着かなかったりするかもだから、そうならないためにいい方法はないかって相談してるんでしょうが!」


 社員ではなく、甥として薫子と会話する零が普段の敬語を取っ払って彼女へと噛みつくようにして言う。

 ここで下心がある素振りを見せてくれれば話は面白い……もとい、単純だったのにと少し残念がりつつ、思っている以上に堅物な甥の心情に若干の苛立ちを覚えながら、薫子はため息を吐いた後でこう述べた。


「わかってると思うけどさ、お前がチケットだけ渡しても有栖は悩むと思うよ。このチケットを当てたのはお前なのに、自分だけが楽しんじゃっていいのかな……ってな感じでどこか引っかかって悩むあいつの姿が想像できるだろう?」


「わかってるよ、そんなのは。だけど俺が誘ってもそれはそれで警戒させちゃうかもじゃんかよ……」


「はぁ~……あのねえ、さっきも言ったけど、そんなもん今更だろって話なんだよ! 本当に警戒してる相手の家にのこのこ一人で上がり込む女子が何処にいるってんだ!? 状況が違うだなんだって言ってるが、今までと違うのはお前の――」


「……何? なんだよ? 俺の何が違うって言ってんの?」


 違うのは、零自身の有栖に向けている感情だ……と言おうとした薫子は、その言葉をギリギリ飲み込んだ。

 ここでそれを言ってしまってもドツボに嵌るだけだし、何よりこういうのは自分で気付かなければ意味がない。


 それに、鋭いようで鈍いこの甥が有栖に抱いている感情は、もしかしたら自分が考えているそれとはまた違うかもしれないし……と色々と考えた末に敢えて言わない、という判断を下した彼女は、咳払いをした後で零をしっしっと追い払いながら言った。


「とにかく! もう悩むのは止めな! 有栖がお前の誘いを断るわけないんだし、うだうだ悩んでるからこそ思考が悪い方、悪い方って流れていっちまうんだよ! パッパッと誘って、サクッとOKもらえれば、もう緊張することもなくなるだろうから、頭抱えてないで行動をしな、行動を!」


「なんだよ、畜生! 結局、当たって砕けろの精神で動けってことじゃねえか! 彼氏いない歴=年齢の薫子さんに相談した俺が馬鹿だったよ!」


「なんだとぉ!? 誰が彼氏いない歴=年齢の仕事人間だって!? 私だって恋人の一人や二人くらいはいたことが……あるはずだ! っていうか、年齢=恋人いない歴なのはお前の方だろうが!」


「高校卒業したばっかりの奴といい歳の大人を並べて話すなよ! 悔しかったら恋人の一人くらい作ってみなって!!」


「出てけ! 来月の給料、楽しみにしとけよ!!」


「鬼! 悪魔! 彼氏いない歴=年齢!! 給料の額によってはストライキ起こしてやるから、覚悟しとけ!!」


 とまあ、小学生低学年でもやらないような言葉の応酬の果てに社長室を出ていった零を見送った薫子は、小さく息を吐いた後で苦笑を浮かべる。

 まさかあの零から女子に関する相談を持ち掛けられるだなんてな……と、一年前には想像もできなかった展開と彼の変化を喜びながら、売り言葉に買い言葉とはわかっていながらも彼の言葉に若干傷付いた薫子は、メンタルの回復のために窓の外に広がる青い空を見つめるのであった。

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