黒羽葉介の、閉幕
「くそっ! くそくそくそっ! くそったれっ!! 何もかもをわかったようなこと言ってんじゃねえっ!!」
大声で吼えながら、優人への怨嗟を叫びながら、何度も何度も拳を壁や床、家具に叩きつける葉介。
しかし、その姿はどこか哀れで、滑稽にも見える。
おそらくは、優人が言っていたことが全て正しいからなのだろう。
自分の弱さを認められない彼は、怒りを爆発させるふりをして強い自分を演出し、彼の言葉を否定しようとしているのだ。
しかし……そう考えると、この暴れっぷりもどこか虚しく感じられる。
怒りの咆哮も、叫びも、葉介の嗚咽のようなものなのだと、全てを理解してしまうと、そうとしか思えなくなってしまう。
それでも、ただ一人部屋の中で大暴れを続けていた葉介であったが……突如として響いたシャッター音を耳にした彼は、はっとして部屋の入り口へと視線を向けた。
そこにはカメラを構えた男とその相棒と思わしき男の二人組の姿があり、突然の事態にパニックになった葉介は彼らへと大声で叫びかける。
「な、なんだ、お前らっ!? どこのどいつだよ!?」
「ああ、すいません! 我々は週刊誌の記者でして……こちらに先日倒産したばかりのVtuber事務所、【トランプキングダム】の元メンバーがいると聞いて取材に来たんですよ!」
「なに勝手に人の家に入り込んでんだ!? 不法侵入だろ、これは!!」
別にこのマンションも葉介の家というわけではないのだが、記者たちの行動は犯罪であると常識にのっとってその事実を指摘する葉介。
しかし……不敵に笑った二人組の男たちは、彼に信じられないことを言う。
「ははは、大丈夫ですよ。だって私たち、家主さんに許可をもらってますから」
「……は? なんだって?」
「だから、この家の名義人である女性から入っていいって許可をもらってるって言ってるんです。だからこれ、合法なんですよ」
「ど、どういう意味だよ? なんであいつが、そんなこと……!?」
「いや~、こういうことを言うのもなんですけどね、あの女性もあなたに愛想が尽きちゃったみたいですよ? イライラしてばっかりですぐ怒鳴り散らすし、家に金は入れないくせに偉そうだし……ってことで、協力金ってことで少し謝礼をお支払いしたら、あっさり許可をもらえちゃいました! 彼女の話だと、もう一人元メンバーが来てるってことだったんですけど、もう帰っちゃったんですかね?」
「……嘘だろ? あいつが、俺を裏切った? 俺に、愛想を尽かした……?」
信頼していたわけではない。ただ利用していただけだ。
しかし、こうして自分が売られたという事実を突き付けられると、少なからず動揺を覚えてしまう。
ぐわん、ぐわんと視界が揺れ、記者たちの言葉も耳に入らなくなる中……葉介の頭の中に響いたのは、先ほど優人から言われたばかりの言葉だった。
『いつまでもここにいるべきじゃあない。みんな、先に進んでるんだ。周りが敵だらけになって身動きが取れなくなる前に、お前も動き出せ』
「……る、せえ……」
彼の言うことは正しかった。自分が立ち止まり、ただ苛立ちを吐き出している間に、周囲は敵だらけになってしまっていて、身動きができなくなってしまっている。
金もなく、住処もなく、信頼できる友人もいなくなった現状は、優人が危惧していた状況そのものだ。
それでも葉介はそれを……彼の言葉を認めるわけにはいかない。
認めてしまったら、その通りだと思ってしまったら、惨めにも程があるではないか。
「黒羽葉介さん、ちょっとお話聞かせてもらえませんかね? 取材に応じていただけたら、多少ですがお金をお支払いしますんで――」
「うる、せえ……! うるせえ、うるせえ、うるせえっっ!!」
そうやって、現実を否定した葉介が取った行動は、やはり暴力だった。
ただし、これまでは壁や家具などの物であったそれの対象は、今回は自分を苛立たせる目の前の男たちへと変わっている。
叫びながら、握り拳を固めながら、真っ赤に染まった視界に映る男へと殴り掛かる。
悲鳴と咆哮、シャッター音が響く部屋の中で、葉介は狂ったように叫びながら記者へと拳を叩き込み続けた。
「ああああああああああっ! うわあああああああっ!!」
……もう彼は、自分が何をしているのかもわかっていないのだろう。
無我夢中になって人を殴り続ける葉介の表情は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
この数十分後、彼はマンションに駆け付けた警官によって逮捕され、再び留置所に送られることとなる。
こうして、黒羽葉介という男の転落に転落を重ねた人生は実質的な終幕の時を迎えるのであった。
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