閉幕、そして終幕

(……どうだった? 上手くいったか?)


 【CRE8】本社、配信ルーム。

 自宅よりも設備が整っているそこでPCの画面を見つめながら、緊張した面持ちを浮かべた零がそんなことを思う。


 有栖が作ってくれたスタッフロールの内容も頭に入ってこない彼は、バクバクと激しく脈打つ心臓の鼓動に耐え切れなくなったかのように大きく息を吐く。

 その後、深く息を吸い込んだ零は改めて声劇の出来と自身のナレーション、配信の内容を振り返りながら自分自身を落ち着かせていった。


(問題はなかったはずだ。台詞を噛んだり、ぐだぐだな展開になることもなかった。音楽や効果音のタイミングも完璧だったし、立ち絵だってしっかり表示できてた……よな?)


 全員が練習の成果をしっかりと披露できていたし、裏方や協力者たちが作ってくれた音楽やイラストの挿入タイミングは完璧だった。

 考え得る限り、配信がぐだったりした様子はなかったと振り返りながらも、それでも不安になってしまう零に対して、演出を担当していた優人が言う。


「大丈夫、何も心配いらないよ。いい配信だった、胸を張ってそう言える」


「あ、ありがとうございます。でもやっぱ、どうしたって不安で……」


「そう思うのなら、リスナーの反応を見てごらんよ。そこに答えがあるからさ」


 ナレーションを担当していた自分に代わり、音楽や背景、立ち絵などの表示を行ってくれていた優人の言葉を受け、緊張しながらコメント欄を確認する零。

 始まる前にちらほらと送られてきていた暴言を思い出した彼が恐る恐るといった様子で閉幕後のコメント欄へと視線を向ければ、そこには思っていたよりもずっと温かいリスナーたちからの反応の声があった。


【お疲れ様でした! 観てて楽しかったよ!!】

【くるるん、いい脚本を書くじゃん! ナレーションも上手でびっくりした!】

【沢山の演者さんたちそれぞれに見せ場があってよかったです!】

【またこういうのみたいな、と思わせるくらいにはよかった】

【次回公演待ってます。次はもっとパワーアップしたのを期待してる】


「お、おお……っ!?」


 モデレーターたちがBANしてくれたお陰か、出演者たちを責めるようなコメントはもう送られてきていない。

 舞台の終幕まで見届けてくれたリスナーたちの温かい反応を目の当たりにした零が抱えていた不安や緊張を解きほぐす中、そんな彼の方を叩いた優人が笑顔で賞賛の言葉を投げかけた。


「おめでとう、阿久津くん。いい舞台だった。この企画に参加できたことを、誇りに思うよ」


「……あざっす」


 肩の荷が下りたと言わんばかりに深く息を吐いた零が優人へと感謝を告げる。

 そうした後、彼の方に視線向けた零は、改めてこのコラボの目的が達成できたかどうかを優人へと問いかけた。


「リスナーたちに思わせられましたかね? 俺たちや狩栖さんはクリーンな活動をしてるって。Vtuber界隈ってのは、枕営業とかが横行してる汚い世界じゃあないって……」


「全員が全員、そう思ってくれたわけじゃあないだろうさ。でも、大勢のタレントたちが表裏関係なく協力して一つの企画を成し遂げたって事実は、確かにこの配信を観てくれた人たちの心に残ると思う。何より、ファンたちを楽しませられたってことだけでも、企画を立ち上げた意味があると僕は思うよ」


 優人の意見に同意するように頷き、再び息を吐く零。

 このコラボ一つで全ての問題が解決できたら世話ないと、そう簡単に何もかもが解決するわけではないんだと思いながら、顔を上げた彼が口を開く。


「……ありがとうございました。こんなふうに沢山の人たちに楽しんでもらえるようなお話を作れたのも、狩栖さんのお陰です。あなたの協力がなければ、この成功はありませんでした」


「阿久津くんが企画しなくちゃ、そもそもこのコラボもスタートしなかったんだ。僕にお礼を言う必要なんてないさ。それに、お礼は僕だけじゃなくって、参加してくれた他のみんなにも言うべきだろう?」


 配信で使用していたPCの電源を落としながら、優人が零へと言う。

 いつも通りの優しい笑みを浮かべた彼は、一仕事を終えた後でこう続けた。


「挨拶してきなよ。みんな、君を待ってる。本格的な祝賀会は家に帰ってからになるだろうけど、一言くらい何か言ってきてもいいと思うよ」


「はい! そうします!!」


 自身のスマートフォンを取り出し、通話アプリを起動して、仲間たちが集まっているサーバーへと接続する零。

 そんな彼の姿を優しく見つめた後で椅子から立ち上がった優人は静かに部屋を出ると……そこで待っていた薫子の姿を目にして、深々と頭を下げた。


「……星野社長、部外者である僕を社内に入れてくださり、ありがとうございました。こんな状況下で御社のタレントが僕たちと共演することを許可してくださったことも合わせて、お礼申し上げます」


「感謝するのは私の方だ。零や澪を支えてくれて、本当にありがとう……! 君がいてくれて、本当によかった」


 お互いがお互いへの感謝を述べ、労をねぎらい合う。

 そんな挨拶を終えた後、改めて頭を下げてからこの場を立ち去ろうとした優人の背へと、薫子が声をかけた。


「なあ、狩栖くん! 君は――」


 何かを言いかけた薫子は、そこで振り向いた優人の顔を見て、声を詰まらせた。

 寂しそうに、だがどこか全てに納得しているような笑みを浮かべている彼は、そのまま薫子へとこう言葉を返す。


「……阿久津くんと澪のこと、よろしくお願いします」


「……ああ」


 ただそれだけの会話だった。だが、薫子には彼が言いたいことが全てわかったような気がした。

 その短い会話の後、安心したように微笑んだ優人は踵を返して、ビルの出口へと向かって歩いていく。


 その背を見送る薫子の表情は、つらさや悲しみを噛み潰したような苦々しいものであった。

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