夜、ひつじとさそり
「タオル、ここに置いておきますね」
「ありがとう! ごめんね、急に泊めてもらわせちゃってさ」
「気にしないでください。カレー作りを手伝ってもらいましたし、そのお礼ってことで」
食事を終え、暫し談笑を楽しんでから片付けして、またその後で色々な話をして……ということをしていたら、いつの間にかだいぶ遅い時間になってしまっていた。
零たちにキツく今日は休むようにと言いつけてから家を出た二人は、時間も時間だしということで今日は有栖の家でお泊り会をすることにしたようだ。
自分たちを隔てる薄い風呂場の扉一枚越しに会話をする有栖と澪は、今日が初対面とは思えないほどに打ち解けた雰囲気を見せていた。
「狩栖さんが服を貸してくれて助かりましたね。私のじゃあサイズが合わなかったですから」
「あたしは胸とお尻がおっきいからね! 合法的にゆーくんの服が着れて、本当にラッキー!!」
洗面所に置かれた男物のシャツとズボンを見て、目を細める有栖。
これを借りに行った時、優人は随分と呆れたような顔をしていたなと思い返して笑う彼女に対して、澪が言う。
「ねえ、この服って洗って返すべきだと思う? それとも、敢えて洗わずに返した方がいいかな!?」
「ふふふ……! 洗わないと怒ると思いますよ、狩栖さん」
「いや~、でもさ、服に残るあたしのフレグランスを楽しみたいという欲望がある可能性も無きにしも非ずじゃない!?」
「じゃあ、明日聞いてみます? 欲しいって言われたら、そのまま渡しちゃえばいいんですよ」
くすくすと先輩の冗談に笑い声をあげた有栖がそのネタに乗る構えを見せる。
そうすれば、澪もまた更に悪ノリをするかのようにこんなことを言ってみせた。
「なら、今から有栖ちゃんも零くんの服を借りてこようよ! それでこう……ねっ!?」
「あはは、そんなことしたら流石の零くんも驚きますって。私も怒られちゃいますよ」
自分と零も巻き込もうとする澪の提案にツッコミを入れつつも、有栖は楽しそうに笑っている。
初対面の女性とここまで楽しく話せる自分自身に少しだけ驚きながらも、彼女はその理由をなんとなく理解してもいた。
強い自分になる、という目標を掲げて続けてきたVtuber生活の中で、沙織や天、スイといった同性の友人たちと出会い、関係を構築していく中で少しずつ女性に対する慣れというものを身につけたことも大きいのだろうが、一番の理由は……と考えていた有栖の耳に、トーンダウンした澪の声が響く。
「……あのさ、本当にごめんね。色々と、有栖ちゃんにも謝らなきゃいけないや」
「え……? 急にどうしたんですか? 家に泊めることなら、私は何も――」
「そうじゃなくってさ……Vtuber界隈の炎上とか、その辺のこと、謝らないとって……」
小さく音を響かせながら、ゆっくりと風呂場の扉が開く。
そこから姿を現した澪は、全裸のまま、全身から水滴を滴らせたまま、有栖と向き合ってから口を開く。
「あたしのせいなんだよ、ほとんど全部。こういう事態を招いちゃった元凶は、あたしにあるの」
そう、口火を切ってから話をし始めた澪は、ごく一部の人間にしか教えていない自身の過去について有栖に語っていった。
元は【トランプキングダム】所属のVtuberとしてデビューするはずだったこと、優人とはそこで出会ったこと、代表である一聖から枕営業を持ち掛けられたことで脱退し、【CRE8】へとやってきたということ……そういった自身の過去を全て語った後、澪は言う。
「今、零くんが無理をしているのも、元はといえばあたしのせい。彼のことを心配してる有栖ちゃんには、色んな意味で迷惑をかけちゃってる。だから、しっかり謝っておこうと思って……本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げ、後輩である有栖に謝罪する澪。
このことを話した時、もしかしたら彼女から恨み言を投げかけられるかもしれないと思っていた澪であったが、それはただの杞憂で終わる。
「……なんとなく、そんな気はしてました。須藤先輩が何か隠してるような、気に病んでるような……そんな感じはしていたんで」
その言葉に驚いた澪が顔を上げ、大きく開いた目で有栖を見る。
思ったよりも落ち着いた表情を浮かべている彼女は、自分を見つめる先輩へとこう述べた。
「もしかしたらすごく失礼なことなのかもしれないんですけど……今日、顔を合わせた時からなんとなく思ってたんです。須藤先輩と私、なんだか似てるなって……」
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