無茶で無謀な、大作戦

「――なんだって?」


「だから、男女混合の大人数で声劇やってみようかなって。俺が脚本書くんで、狩栖さんにはその手助けをしてほしくって――」


「いや、繰り返さなくていい。やりたいことはわかった。そこで質問なんだけど、君は正気か?」


 界隈が男女問題で荒れ狂っているこの状況で、男女混合の大規模コラボを行うと言ってのけた零へと率直な疑問をぶつける優人。

 ゲームや雑談のようなその場で行えて解散できるようなものではなく、声劇という事前の練習や打ち合わせが密に必要になる内容の配信を選んだ彼の考えを再確認してみれば、零は平然と頷いた後でこう答えてみせた。


「ええ、まあ。結構ヤバいかなって自覚はありますけど」


「てっきり僕は【トランプキングダム】と【CRE8】でコラボ配信でもするのかと思ってたよ。それがまさか、他のVtuberたちも巻き込んでの超大型コラボを考えているだなんて……」


 騒動の渦中にある【トランプキングダム】と【CRE8】がコラボすることで、少しでもイメージアップを図ろうとしているのだろうと予想していた優人は、想像の斜め上をいく零の案に唖然としている。

 枕営業という男女のいざこざが原因で荒れている今、そんな危険な博打に出て何を成そうというのかと視線で彼に尋ねた優人は、その答えに耳を傾けていった。


「そりゃあ今、界隈が男女関係のトラブルで燃え盛ってるのは知ってますよ。大半のVtuberはこの騒動に巻き込まれないように男女コラボを控えて、騒動が沈静化するのを待とうとしてる。でも、中には俺たちはファンを裏切ってないし、ヤバい営業に手を出したりしてない! って主張したい奴らもいると思うんですよ。何も悪いことをしてないからこそ、堂々と今まで通りの配信をしたい。下手に自粛なんかしたら、それこそVtuber界隈ってのは裏でヤバい取引が横行してることを認めるようなものだって、そう考えて逆に自分のクリーンさをアピールしたい人もいるはずですよね?」


「……まあ、それはそうかもしれないね」


 火に巻かれたくないから大人しくしているという考えが一般的である中、何もしていないからこそ堂々と胸を張って人の前に出たいという考えを持つ者もいるであろうという零の主張に頷く優人。

 表裏一体ともいえるその二つの考えの差に難しい表情を浮かべる彼へと、零はこう続ける。


「そういうふうに考えてるんじゃないかなっていうたちに連絡してみました。まだ事務所がどう言うかはわからないですけど、掛け合ってくれるみたいです。うちの代表とは……殴り合ってでも許可取ります。No.2が味方してくれるみたいなんで勝算はあるかと」


「そうやって人を集めたとして、誰がその人たちをまとめる? 練習の日時を調整したり劇に必要な素材を集めるリーダーが必要だ。それも阿久津くんがやるのか?」


「いいえ、俺には無理ですね。狩栖さんの力を借りても、脚本を書いて人を集めるので精一杯だ。でも、うちには劇団の座長にうってつけの人間がいるでしょう?」


「……澪か」


 全てを察した優人の答えに大きく零が頷く。

 人付き合いが上手く、Vtuberだけの劇団を作りたいという夢を持つ彼女ならばその役目を果たせるかもしれないが、今の澪は普段の彼女ではない。

 そこが不安だ、と視線で語る優人へと、零が言う。


「須藤先輩のことが心配だっていうのなら、狩栖さんが支えてあげてください。脚本のアドバイスもそうですけど、先輩の補佐もお願いします。狩栖さんが傍に居てくれれば、須藤先輩もきっと心強いでしょうから」


「……わかった。でも、そうだな……ここらで少し、君の言ったことをまとめてみようか」


 自分の役目は補佐尽くしであると、そう零から告げられた優人はそれを引き受けつつ自嘲気味な笑みを浮かべる。

 そうして、ここまでの零の話を頭の中でまとめながら、それを言葉として発していった。


「界隈やファンが男女の関係に対して厳しい視線を向ける中、その炎上の発端となった事務所に所属しているタレントを含む大勢のVtuberたちが一堂に会して、素人脚本家の作った台本で声劇を行う、と……君はあれかな? この界隈に爆弾でも投下するつもりなのかな?」


「元々大炎上してる場所を更地にして鎮火しようとしてるって言ってくださいよ。まあ、失敗したら悲惨な目に遭うのは間違いないですけど」


「……叩かれるだろうね、出演者全員。発案者の君は一番叩かれることになると思うよ」


「覚悟の上ですよ。俺、炎上するのは慣れてるんで、むしろ一人だけ燃えてない状況が居心地悪くって仕方ないんですよね~」


 どう考えても炎上する未来しか見えない。だが、それでもやる価値があるように思えてしまうのは何故だろう?

 何もせずとも燃えるというのなら、いっそ中途半端は止めて盛大に燃えてやった方がいい。自分の身を燃やしてでも、やりたいことをやった方が気持ちが良さそうだ。


「……乗らせてもらうよ、その案に。やれることを……いや、やりたいことをやってみようか」


「はい! 狩栖さんたちも覚悟しておいてくださいよ? 尋常じゃなく燃えると思うんで!」


 無茶苦茶で、危険極まりなくて、無謀な作戦。

 だが、それに乗ることで掴める何かがあるはずだと、変えられるものがあると確信しているからこそ、零と優人は無茶を通すことに決めた。


 王国が完全なる崩壊を迎える寸前に旗揚げされた劇団は、今、この瞬間に船出の時を迎え、ゆっくりと炎の海へと漕ぎ出し始めたのであった。


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