へびつかい座、動きます

「そうだよね。みんなそう思ってるよね……これも全部、あたしが……」


「スマホ、弄らない方がいいですよ。今は少し、ネットから離れた方がいいと思います」


 【トランプキングダム】の内部状況及びその所属タレントたちのスキャンダルが暴露されてから、一夜が明けた。

 薫子から呼び出された零は、談話室で浮かない表情を浮かべたままネットで今回の事件に対する反応を調べていた澪のことを窘め、その手からスマートフォンを取り上げる。


 今の彼女からは、普段見せていた弾けるような明るさは一切感じられない。

 自分の過去を責め続け、過ちを悔いるその姿は痛々しいの一言だった。


 昨日の暴露から事態は大きく動き続け、今も界隈はサンユーデパートのVtuberコラボフェアが中止になったことすらも些末な出来事だと思わせてしまうような激動ぶりを見せつけている。

 もう【トランプキングダム】所属だとか彼らと絡みがあっただとか、そんなことは関係なかった。

 界隈全体の信頼度が低下した結果、杞憂民やユニコーン、アンチといった人間たちの活動が活発化し、あちらもこちらも炎上しっぱなしというのが現状だ。


 幸か不幸か、零はその火中に放り込まれずに済んではいるが……彼の周囲では、大炎が燃え盛っている。

 今回のコラボに参加していた沙織をはじめとして、で人気の有栖のところにもおかしな連中が殺到しているし、女性が大半である【CRE8】所属タレントの下には大量の声が寄せられていた。


 その中で最も被害が大きいのは、今、零の目の前にいる澪こと左右田紗理奈だ。

 尻軽ビッチのサソリナという不名誉なあだ名をつけられた彼女のSNSアカウントには、これまでの立ち振る舞いから男女関係に言及するアンチたちが大量に押しかけてきている。


 「いったい何人の男と寝た?」「何人のタレントを売り飛ばした?」こんな質問はまだ序の口だ。

 彼女の下には、炎上に慣れた零ですら顔を顰めるようなひどいメッセージが送られてきている。


 しかし、今の澪の心を傷付けているのはそんなファンたちからのいわれなき批判ではなく、自分自身が過去に責任から逃れたせいでこんな事態が起きてしまったのだという、自責の念だ。


 もしも自分があの時、一聖のことを告発していたら……その時点で【トランプキングダム】は潰れ、Vtuber界隈全体を巻き込むような騒動が起きることもなかった。

 責任を果たすことを恐れ、逃げを選択した結果がこれだというのならば、悪いのは全て自分だと澪は思っているのだろう。


 その考えは正しくはない。彼女は確かに逃げたのかもしれないが、それでも悪いのは一聖たち【トランプキングダム】の面々であるはずだ。

 彼らの悪行の責任を澪が感じる必要はないし、それを気に病む必要はないはずだと告げた零であったが……彼女はその言葉に対して、首を振ってからこう答える。


「あたしが逃げたせいで、何の罪もない人たちが苦しんでる。一生懸命真面目にVtuberとして活動していた人たちが疑いの目で見られて、夢を潰されそうになってる。全部あたしのせいなんだよ。ゆーくんに全てを押し付けて逃げたあたしに、夢を追う資格なんてなかったんだよ……」


 澪の落ち込みようは尋常ではない。この言葉から察するに、彼女はVtuberを引退するつもりなのかもしれない。

 自分が責任を果たさなかったせいで界隈を震撼させるような事件が起きてしまった以上、この世界に残り続けることなどできないと彼女は考えているのだろう。


 だが、零はそう思っていなかった。彼だけでなく、左右田紗理奈や【CRE8】のファンも同じ気持ちであるはずだ。

 こんなことで彼女に引退などしてほしくない。これからも彼女には自分の夢を追い続けてほしい。


 しかし、このままでは澪の決心を覆すことなどできないだろう。

 この問題を完全に解決することなど、零一人の力でできるわけがない。

 それでもせめて、解決の糸口のようなものを作り出すことはできないだろうか?


 界隈全体に漂っている男女関係への不信感を払しょくし、自分たちは健全で真面目な活動を行っているとファンたちへとアピールする。

 その方法に心当たりはあるのだが、それを実際にやるとなれば大炎上レベルのバッシングを覚悟しなければならないだろう。


 それに、この方法はどうしたって零一人では実現することなどできない。大勢の人たちの力を借りて、ようやく可能になる手段だ。

 そんな大炎上を巻き起こす作戦に手を貸してくれる酔狂な人間が大勢いるとは思えないし、となればこの方法は実現不可能ということになる。


 それでも……足掻くしかない。諦めるわけにはいかない。

 今の自分にできることをするために、零は行動を開始する。


 まず零が向かったのは……やはり、の下であった。

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