王国、崩壊

「どうしてだ、古屋?」


 つい先ほど、事務所で出くわした彼の第一声はそれだった。

 責めるわけでも、詰るわけでもない。深い悲しみの感情が込められた優人の声を聞いた時、恋は自分の心が大きく揺れ動いたことを感じる。


 まともに優人の顔を見れないまま、何も答えることもできないまま、俯いて押し黙る恋へと、彼はこう続けた。


「僕は、お前に期待していた。いい脚本を書く、素晴らしいクリエイターだと思っていた。ハートのエースを任せたのも、お前ならばこのスートの代表を任せられると思ったからだ。どうしてだ、古屋? どうしてあの二人に手を貸した? あいつらがやっていたことを僕に報告してくれなかった? 僕が任せていた仕事じゃあ物足りなかったのか? もっと大きな、立派な仕事を求めていたのか? だからあの二人を頼ったのか? 教えてくれ、古屋……」


 優人が自分を買ってくれていたことはわかっていた。恋自身にも、彼からかわいがってもらっていた自覚はある。

 少しずつ実績を重ね、粗削りな部分を洗練させて、どこに出しても恥ずかしくないクリエイターとして自分を成長させるためのプロセスを、優人は組んでくれていたはずだった。


 不満だったわけではない。信頼を感じ取れなかったわけでもない。

 ただ、ただ……気が付いたら、こうなっていたのだ。


「……すまなかった、古屋。もっとお前のことを見るべきだった。お前だけじゃなく、事務所の仲間全体を僕がきちんと見ていれば、こうなることは防げたはずなんだ」


 そうして、何も言わずに俯いたままの自分に謝罪して、優人は去っていった。

 もっと強く責められたり、詰られた方が気が楽だったかもしれないと思いながら、恋は自分の罪を深く自覚する。


 優人は今回の件に関わっていない。彼は無罪で、この騒動とは無関係の人間だ。

 だが、事務所がこうなった以上は彼だって無傷ではいられない。むしろ、ここから先で最も傷付く人間は彼だ。

 

 【トランプキングダム】所属タレントの内、今回の件で一切のお咎めがないメンバーは五人もいない。

 生き残ったメンバーだけでこの状況を打破できるはずもなく、代表の不在も相まって事務所の存続は絶望的だ。


 ファンや同業者たちからの信頼も失墜した。界隈全体を巻き込むような事件を起こした事務所と好き好んで絡むVtuberもいないだろう。

 それに、サンユーデパートとのコラボをはじめとした各種業務も停止される。そして、その責任を取らなくてはならなくなる。


 莫大な違約金を支払わなくてはならないだろう。被害に遭ったタレントやその事務所たちからも訴えられて、損害賠償や慰謝料を求められることになるだろう。

 他にも沢山の責任を取ることになって、その果てにこの事務所に何が残るというのだ。


 ……何も残らない、残るはずがない。

 奇跡の逆転が起こらないことなんて、この事務所の誰もがわかっている。


 終わり……正真正銘の終了。【トランプキングダム】は全ての業務を停止し、解散するしかない。

 自分たちが作り上げてきた王国の崩壊を目の当たりにして、その原因を作ってしまったことを改めて自覚した恋は、その場にへたりと崩れ落ちる。


 泣いて、嗚咽して、感情を全てぶちまけてしまいたかった。

 だが、そんなことは許されない。少なくとも自分よりもずっと泣きたいであろう優人が必死に立っている姿を見てしまった今、恋がそんな甘えを見せることなど許されるはずがない。


 こんなことになったのは自分たちのせいだ。自分が、考えることを放棄した結果、こうなったのだ。

 冷え切って沈んでいく心とは対照的に慌ただしい物音が途切れない事務所の中、恋は自分たちの王国が滅びの日を迎えようとしていることを感じ取り、その罪の重さを理解すると共に、がくりと肩を落とすのであった。


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