王国崩壊の、足音

「女癖が悪いのは、トラキンの代表さんだけじゃあなかった……ってことですよね? 私が見た感じ、あの二人はすごくああいったことに手馴れてました。もしかしなくとも、もう何度も同じ手口を使ってきたんだと思います」


「うん……多分、そうなんだと思う。剣山さんが集めた人たちも、彼に似ていたってことなのかな。でもまさか、他の事務所の人たちにまで手を出すだなんて……」


 腐っていたのは、最上部だけではなかった。

 そこから腐敗が侵食していったように、クローバーとダイヤの王たちもまた、夢と女性を食いものにする卑劣な男であり……その被害に遭った人間がどれだけいるかは、今の零たちにはまだ把握しきれる状態ではない。


 ただそれでも、実際に彼らの手口を見た沙織の感覚を信じるのならば、被害者は一人や二人ではないのだろう。

 恋があの二人に協力していたように、他のスートのメンバーや後輩たちもまた彼女と同じことをしていた可能性だってある。


 葉介たちの甘言に乗った女性たちを共に食いものにしたり、いい仕事を回してもらうために知り合いを売った人間が同じ界隈にいるかもしれないというのは、本当に恐ろしいものだ。

 しかも、そんな人間たちが跋扈している事務所と共に仕事をしなければならないとなれば、嫌でも警戒せざるを得ないだろう。


「……先輩、すいません。俺はこのことを黙っているわけにはいきません。薫子さんに今日あったことを報告して、事務所を通して【トランプキングダム】の人たちに抗議してもらうべきだと思ってます」


「……うん、そうだよね。それが当たり前だよ。沙織ちゃんが実際に被害に遭ったっていうのに、あたしやゆーくんのことを気遣ってこのことをうやむやにするだなんて間違ってる。あたしもしっかり、薫子さんに自分の過去について話をするよ。明日、一緒に会いに行こう」


 こうなった以上、【トランプキングダム】の面々と共に仕事なんてできない。

 少なくとも、同じデザート部門に属している恋や問題を起こした葉介と大也はこのコラボから抜けてもらわないと困る。


 そのためにも、しっかりと今日あったことを薫子に話すべきだという零の意見に、澪も悲しそうな表情を浮かべながら頷く。

 沙織もまた申し訳なさを感じているようだが、今回自分が遭遇したような事案が他の事務所に所属しているVtuberたちの身に降りかかったらと考えれば、黙っているという選択肢を取れるはずもなかった。


「ただ、やっぱりゆーくんが心配だな。同期にも後輩にも裏切られた上に、そういった素振りに気付けなかった自分を責めてそうでさ……」


「そう、ですね……別に私は狩栖さんが悪いとは思ってないですし、むしろ助けてもらえて感謝してます。でも、だからといって本人が納得できるかどうかは別ですもんね……」


「ようやく須藤先輩と再会できて、一緒に仕事をしていこう、ってなった時にこういった事態が露見したわけですし……ショックなのは間違いないと思います」


 澪を狙った一聖が起こした事件以降、優人は気を張りながら彼のことを見張り続けていたはずだ。

 【トランプキングダム】を守るために、同じような事件を起こさないようにするために、そうやって頑張っていた彼だが……腐っていたのは代表である一聖だけではなかった。


 同期を、同僚を、後輩たちを、どうしてもっときちんと見張っておかなかったのだろうと、彼は今、自分自身のことを責めているに違いない。

 それは決して彼の責任ではないし、一タレントでしかない優人が背負うべき責務でもないのだからその必要はないはずだ。


 しかし……彼はきっと、自分を許さないだろう。

 大切な想い人と、慕ってくれる同性の後輩が所属している事務所に大きな迷惑をかけることとなった事件を引き起こしてしまったことを、その予兆を感じ取れなかったことを、間違いなく後悔している。


 代表である剣山にこのことを報告しているのか、あるいは問題を起こした面々への聞き取りと事実確認を行っているのかはわからないが、今の彼が想像を絶する苦しみの中でなんとか事態を解決に導こうと努力しているのは間違いない。

 そういった彼の負担やストレスに対して不安を抱いていた零の耳が、澪の発した僅かな呟きを聞き取る。


「……もしも、あたしがあの時――」


「え……?」


 その呟きには、深く重い後悔の念が込められていた。

 今、この瞬間に生まれたわけではない。もっとずっと昔から抱えていた後悔を滲ませる呟きに対して、つい声を上げてしまった零の視線に気が付いた澪は、はっとした表情を浮かべた後でごまかすように首を振ってから言う。


「ううん、なんでもない。なんにせよ、あたしはもっと早くこの話をしておくべきだった。今まで隠し事をしてて、本当にごめんなさい」


 そう言って頭を下げる彼女に対して、零も沙織も何も言うことなく黙ったまま顔を見合わせる。

 ここから先、抗議を受けた【トランプキングダム】は混乱状態に陥るだろうし、【CRE8】も相応の騒動に巻き込まれることになるのだろうな……と近い未来に訪れるであろう過酷な日々に思いを馳せた零は、緊張にごくりと息を飲む。


 ……だが、しかし、彼は知らなかった。

 この騒動はまだ、後に訪れるであろう巨大な騒動の序章に過ぎないということに。


 【CRE8】と【トランプキングダム】、二つの事務所どころかVtuber界隈全体を巻き込む大きな事件の発生がもう目の前にまで迫っているということを、この時の零は知る由もなかった。



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700話なんですけど不穏オブ不穏な話で草も生えない(いつも応援ありがとうございます!これからも頑張ります!)

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