乙女の尊厳<零の体調
「ゆ、油断したら思ったよりもデカいのが出ちゃってね。有栖ちゃんを驚かせちゃったのよ。悲鳴とかは、その時のものだと思うわ」
「い、いや、女性にこういうことを言うのはあれかもしれないっすけど、そんなどデカい屁が出ることとかあります? ドア二枚くらい貫通してましたよ?」
「最近、生活リズムが狂ってたからな~……きっと腸内環境がおかしいのよ。いや~、生活を見直さないとだめね~!」
「う~ん……?」
普通に考えればあり得ない話で、こんな与太話を信じる人間がいるはずがない。
だが、零が相手ならばこれでごり押せると天は確信していた。
(なんだかんだでこいつは女慣れしてないし、デリケートな話にツッコめる男じゃあない! それに、私がこんなバカげた嘘を吐く理由なんてないと思ってるはずだから、ワンチャン本当なのかもと思い込む可能性が高いはず!!)
以前のバストカップの話やらなんやらもそうだが、零は女性のデリケートな話が始まった際にはそこに踏み込まないようにするきらいがある。
それは同期の中で最も雑な扱いをする自分に対してもそうで、こういった話にも深くツッコんでこないはずだ。
……まあ、あまりにも下品な話をする自分にドン引いているだけかもしれないというか、そっちの可能性の方が高いのではないかということは、天は考えないようにした。
「というわけで、ねっ!? 今、換気の真っ最中だから! あんたはこっちに来るな! わかったわねっ!?」
「ええ……? なんか怪しいんですけど、っていうか怪しさしか感じないんですけど……?」
「いいからこっちに来るなって言ってんの!! それともなに? あんたは私のフレグランスを鼻腔いっぱいに吸いたいド変態なわけ!? それも、嫁の前でそんな真似をするヤバい奴なだっていうの!?」
「人を勝手に変態にすんな! ……はあ、わかりましたよ。よくわかんないっすけど、こうして秤屋さんと話をしてるだけで頭が痛くなってくるんで、大人しく言われた通りにしておきます」
納得した……というよりかは呆れ果てて会話に疲れたといった方が正しいだろうが、なんとか零にこの惨状を見せずに済んだ。
あとはどうにかして片付けをして、部屋を元通りの状態にするだけだ。それでまあ、この場はどうにかなる。(電子レンジはどうしようもないとか言ってはいけない)
「そ、それで、どうするんですか!? 割れたお皿とか、壊れた電子レンジとか、簡単に片付けられなさそうなものばっかりなんですけど!!」
「ここは役目を分担しましょう! 私が捨てる物をまとめて、どうにか後始末をしておくから、有栖ちゃんは零を寝かしつけて! あいつが寝たら、こっそり始末して証拠隠滅&代替品の用意を済ませましょう! OK!?」
ぶんぶんと首を縦に振って頷き、天の案に同意する有栖。
半ば天が起こしたトラブルに巻き込まれてしまった形の彼女であるが、零に負担をかけたくないという思いは共通しているため、ここはとにもかくにも零を寝かしつけることにしたようだ。
リビングを出て、大慌てで零が休む部屋へと向かっていく有栖を見送った天は、振り返ると改めて室内の惨状を見やる。
煙を上げるレンジと皿の破片が散らばった床という、自分が生み出してしまったとんでもない光景にため息を吐いた彼女は、一刻も早くこの事態を収拾しなければと動き始めようとしたのだが――
――ピンポーン
「こ、この状況でまた客ぅ? り、リビングには絶対に通さないようにしなくちゃ……!!」
リビングに鳴り響いたインターホンの音に、表情を凍り付かせながら呻く天。
相手が誰であろうと、この嵐が吹き荒れたとしか思えない室内の惨状を見せるわけにはいかないと、そう考える彼女は知らなかった。
この世には、自分以上の被害を生み出すことができる、災厄が形になったとしか思えない人間がいる……ということを。
「うお~いおいおい、うお~いおいお~い! 坊や~! 坊や~っ!!」
「こ、この声は……っ!?」
玄関のドアの向こう側から聞こえてくる、女性の泣き声。
盛大に号泣しているその女性の声が誰であるかなんて、考えるまでもない。
「坊や~っ! 生きてるっすか~っ!? 生きてたら返事をしてくださいっす~っ! マンマがお見舞いに来たから、この扉を開けて~っ!!」
事態は、一層
自分が生み出したこの惨状を更なる惨状で上書きすることができる唯一の人間、加峰梨子……蛇道枢のママこと柳生しゃぼんの中の人の到来を悟った天の頭の中には、『#帰ってくれしゃぼん』の文言がハッシュタグと共に浮かび上がっていたのであった。
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