ブックマーク1万人突破短編前編・零、風邪をひく

阿久津零、風邪をひく

 蛇道枢、チャンネル登録者数四十万人突破!!

 ……そんな、ファンにとって喜ばしいニュースが出回ったのは、とある平日の昼のことだった。


 【CRE8】二期生としてデビューしておよそ半年とちょっと。その期間の中で様々な事件に巻き込まれたり、色んな人たちと交流を深めたり、炎上したり……と、本当に多くの出来事を経験し、乗り越え、ファンの信頼を勝ち取ってきた枢の人気度が目に見えてわかるこの朗報には、多くの人々が喜びの声を上げている。


 Cマートとのコラボキャンペーンや【ペガサスカップ】への参加及び優勝、更には新衣装の発表等で注目を集める機会が多かったこともあり、ここからもっとファンが増えてほしいな……と、枢のファンたちが推しの躍進を願っている頃、当の本人……というより、その中の人である零が何をしているかというと――


「げほっ、ごほっ……! あ~……完全にやらかしたな、これは……」


 ――自室のベッドの上で、ぐったりと倒れ伏していた。


 ピピピ、という体温計が計測を終えた際に鳴らす音を耳にした彼がそれを確認してみれば、三十八度二分という完全にアウトな数字が目に映る。

 要するに、彼は今……体調不良でダウンしているというわけだ。


「マジでここ最近、忙しかったからなあ……疲れがどっと出た感じかぁ……?」


 大規模なゲーム大会である【ペガサスカップ】への参加やそのための練習で生活リズムが崩れ気味になっていたことに加え、大会が終わった後も祝勝会や新衣装の制作やお披露目配信の打ち合わせ等を行ったせいでなんだかんだでずっと多忙な日々を送っていた零が、自身の体調不良の原因はそこにあると考えながらぼやく。

 全身を襲う怠さと熱っぽさのせいで何もかもがしんどく感じられるが、別に緊急を要する事態にはなっていないことが幸いだな……と思いつつ寝返りを打った彼は、天井を見上げながらこうなってからの自身の行動を振り返っていった。


(薫子さんとマネージャーさんには連絡したし、SNSで体調不良で数日配信を休むってことも報告したし……コラボ配信の予定もなかったから、その辺で迷惑かけずに済んだことも幸運だったな。後はまあ、安静にして一日でも早く復活するだけだ)


 各方面への連絡、報告は済ませたし、今後の予定の修正も容易にできそうではある。

 ただ一つ、チャンネル登録者数四十万人突破の記念配信をすぐに行えないことが残念ではあるが、珍しく優しい言葉を送ってくれているファンたちの厚意に甘えて、今はゆっくり体を休めることにしよう。


 それにしても、風邪をひくだなんて本当に久しぶりだ。

 実家にいた頃から考えると、数年どころか十年ぶりくらいの出来事なのではないだろうか……と、零が考えていると……?


――ピンポーン


「あれ? お客さん? は~い……!」


 突如として響いたチャイムの音に驚きつつ、ベッドから体を起こして玄関へと向かう零。

 マネージャーか薫子が様子を見に来たのかなと思いながらドアを開ければ、そこにはとても見知った顔の少女が立っていた。


「体調が悪い時にごめんね? 大丈夫、零くん?」


「ああ、有栖さん……わざわざお見舞いに来てくれたんだ」


 ビニール袋を手に、心配そうに自分のことを見つめてくれる有栖へと笑みを浮かべながら零が応える。

 SNSの投稿を見て、お見舞いに来てくれたであろう彼女の優しさに感謝しながら、零はひらひらと手を振ってこう言った。


「大丈夫だよ、そんなに心配されるような体調でもないから。少し寝れば治るさ」


「でも、配信をお休みするくらいの熱なんでしょ? 今もへろへろっぽく見えるし、大丈夫そうには見えないよ?」


「本当に平気だって。それよりほら、あんまり長居して有栖さんに風邪を移しちゃ悪いし、早く帰った方がいいよ。俺は本当に大丈夫だから、気にしないで」


 お見舞いに来てくれただけでもう十分嬉しいと、自分のせいで迷惑をかけては申し訳ないと、有栖に告げる零。

 その発言を受けた有栖は小さくこくんと頷くと……無言のまま、家の中に上がってみせた。


「……お邪魔しま~す」


「あ、あれ? 有栖さん? 俺の話、聞いてた? 風邪を移したら悪いから、早く帰った方がいいって言ったんだけど……?」


「……うん、聞いてたよ。絶対そう言うと思ってたから、私もこうするつもりで来たの」


「は、はい……?」


 なんだか会話が噛み合っていない状況に困惑しつつ、首を傾げる零。

 そんな彼の前で持ってきたビニール袋の中から栄養ドリンクや風邪薬を取り出した有栖は、堂々と胸を張りながら高らかにこう宣言する。


「私、零くんが元気になるまでここに残って看病するから! そのつもりでいてね、わかった?」


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