ボイスだ、ボイス!
「ふ、ふふっ、ふひひひひひ……! 遂に、遂にこの時がやってきた……!!」
帰宅後、テーブルの上に一日かけて回収した戦利品こと二期生たちのクリアファイルを並べた界人は、とても怪しい笑みを浮かべながらそれを鑑賞していた。
公式絵師である柳生しゃぼんが手掛けたイラストたちを眺めているだけでも満ち足りた気持ちにはなるが、このファイルを集めた理由にはまだ先がある。
ファイルに印刷されているバーコードをスキャンすることで聞ける、二期生たちの限定ボイスがそれだ。
芽衣の、愛鈴の、たらばの、リアの、枢の……ここでしか聞くことができない演技を堪能するために、自分は今日一日血眼になってクリアファイルたちを追い求めた。
そして、その全てを手にした今、最高のお宝の真の輝きを鑑賞するというメインイベントに突入する瞬間がやってきたのだ。
スキャン用のスマートフォン、よし。
好物のビール(キンキンに冷やしたもの)も準備OK。
推したちのボイスという最高の酒の肴を得た上で飲む酒の味は正に格別だろうと期待しながらプルタブを開けた界人は、噴き出してきた泡を啜るようにして一口ビールを飲みつつ、十枚のファイルを見つめてその順番を吟味していく。
「落ち着け、ここを適当に決めることは許されないぞ……! むしろこの順番によって味わう感動が変わってくると思え、俺!!」
誰の、どの衣装のボイスから聞いていくか? ここもかなり大事なところだ。
最推しの枢のボイスは真っ先に聞きたいような気もするが最後のお楽しみとしてとっておきたいという思いも強くあるし、ならば逆に一番最初の斬り込み役を誰に任せるかという部分も判断が難しいし、実に悩んでしまう。
「やはり一番最初に手に入れた芽衣ちゃんから行くか? いや、芽衣ちゃんと枢は並べて鑑賞したいし、そんな安易な考えで順番を決めるのは良くない。ここはたらばから……だが愛鈴も悪くないし、無口と方言の二パターンを演じ分けているであろうリア様も聞きたい気がががが……!!」
まだ誰一人としてボイスを聞いていないわけだが、もうこの時点で楽しい。
むしろこうやって順番を決めるために悩むこの瞬間に抱いている期待こそが、最も界人が楽しめている瞬間なのかもしれない。
私服と制服、それぞれ二パターンのクリアファイルを眺め、悩み、唸りながらその順番を吟味している間に、界人は一本目の缶ビールを空にしてしまった。
新しい缶を冷蔵庫から取り出した彼は、今度はそれを開ける前に手を叩くと誰にでもなく自分自身のためだけの宣言を行う。
「よし、ここはファイルとボイスが二種類あるという特性を最大限に活かそう! 具体的には、一番最初と最後を枢にする!!」
最推しのボイスは一番早くに聞きたいが、同時に最後までお楽しみとしてとっておきたい。
その相反する願いも、今回のコラボキャンペーンならば実現可能だ。
制服と私服の枢、それぞれのボイスを最初と最後に配置してしまえばいい。
そうすれば最推しのボイスを最初に聞くことも、最後までお楽しみとしてとっておくこともできると、自分の欲望を叶えることができるこの判断を自画自賛した界人は、早速枢の制服衣装クリアファイルを手に取ると、そこに刻まれていたバーコードをスマホに読み取らせた。
「この後の順番はノリとテンションで決めればいいや! まずは枢、枢のボイス!!」
いい感じに酔いが回ってきたお陰か、界人のテンションは先程にも増して期待に跳ね上がっている。
最推しが見せてくれる初めての演技がどんなものかを楽しみにする彼は、読み取りが終わるまでの間に二本目のビール缶のプルタブを引き、カシュッという心地良い音を響かせて……ちょうどそのタイミングで始まった枢のボイスを肴に、酒を飲んでいった。
『いらっしゃいませ、Cマートへようこそ……って、なんだよ、その目は? 俺がコンビニ店員やってちゃおかしいか? は? バイトテロして店を炎上させそう? はぁ~……あのよ、自分で言うのもなんだが、俺は至って真面目な男だぞ? 燃えてる理由の大半……っていうよりほぼ全部、放火されてるだけなんだが?』
というわけで始まった蛇道枢制服Verのボイスは、そんなふうに彼が相手にツッコミを入れる場面からスタートした。
シチュエーション的には、Cマートで働いている枢の下をボイスを聞く人間が訪れた、といった感じらしく、その場面を想像してニヤニヤする界人に対して(彼個人に言っているわけではないが)、枢は更にこう続ける。
『ちょうどいいや。そろそろ仕事上がりだし、一緒にどっか遊びに行こうぜ。飲み物くらいは奢ってやるから、ちょっと待ってろよ。その代わり、後で飯でも奢れよな!』
「奢る奢る! なんでも奢ります! 枢とデートできるのなら、交通費から食事代まで全額出させていただきますっ!!」
まさかの枢からのお誘いに興奮し、この場にはいない彼へと口早にそう告げる界人。
同年代の友人と話をしているような枢の演技のお陰で高校時代を思い返した彼であったが、最終的には現在の限界オタクと化している自分自身の状態に戻ってしまっていた。
「いや~、良かった! 炎上ネタを取り入れつつ、最終的には夢男子女子どちらも満足させられるいい感じのボイスに仕上がってたな! 流石はさそりなだぜ!」
三十秒程度とは思えないボイスの内容と枢の演技に大満足する界人は、脚本を手掛けた左右田紗理奈への賞賛を口ずさみつつ、踊る胸の中にビールを注ぎ込む。
ごくごくと喉を鳴らしながらキンキンに冷えたそれを飲み干せば、興奮で火照った体に心地良い冷たさが広がっていくことがわかった。
「この調子なら、他のボイスも期待できるぞ~! さて、次は芽衣ちゃん(制服Ver)だ! くるめいくるめい、っと……! あっ、その前にイヤホン! イヤホン持ってこなくちゃ!」
アラサー男性とは思えない無邪気で落ち着かない様子でバタバタする界人が、三本目のビールを開けながらボイス鑑賞の準備を整えていく。
そうした後に今度は静かに正座という厳かな雰囲気を作り始めた彼は、第二のボイスを全集中で鑑賞し始めた。
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