うたかたの……
『ねえ、どうだった!? ボイスの感想は!!』
「いい声をしてるね、彼。少し演技はたどたどしかったけど、回数を重ねればそこも改善されるんじゃないかな」
『んもう! そうじゃなくってさ、あたしが書いた脚本はどうだったかって聞いてるんだけど!!』
――一方、その頃。コンビニから走り去り、そこからやや離れた駐車場で止まった車の中で、先程の男性が誰かと電話をしていた。
明るい女性の言葉に僅かな笑みを浮かべた彼は、車のシートにもたれ掛かりながら彼女へとこう答える。
「良かったと思うよ。短い時間の中でそれぞれの特色をしっかり出しつつ、二パターンのシチュエーションボイスを完成させてた。しっかりあの子たちのことを研究してる証拠だ」
『えへへ~……! そうそう、その調子でもっと褒めるが良い!! にゃははっ!!』
「でも、枢くんのボイスに関しては少し違和感があったかな。もう少し男の子らしさを出しても良かったと僕は思うよ」
『むぅぅ……! なんでそうやって上げてから落とすかにゃ~? そういう無神経なところがゆーくんがモテない理由だとあたしは思うんですが!』
「僕は君が書いた脚本の感想を伝えているだけだよ。それも、君にお願いされてね。モテるモテないは関係ないし、君の好感度欲しさに嘘を吐くだなんて僕の主義に反する」
『ん~、そう言うと思った! まあ、別にいいんだけどさ。あたしも男の子の脚本担当するの慣れてないし、だからこそゆーくんに評価をお願いしてるわけだしね~!』
「だろうね。ダメ出ししておいてなんだけど、別に悪い内容だったとは思ってないよ。他の四人が特に良かったから、枢くんの違和感が目立ったってだけ。それも僕が粗探ししただけだしさ、ファンたちが聞けば普通に喜ぶ脚本だと思うよ」
『にゃははっ! もしかしてあたしの好感度を稼ぎにきちゃった? しょ~がないにゃ~! 今度会った時、お礼としてぎゅ~っておっぱい押し当ててあげよう! それとも、膝の上に座ってあげる方がいい?』
「はぁ……あのさ、君の方こそそういう無防備な言動を控えた方がいいと思うよ。デビューしてからずっとそういう振る舞いのせいで何度も炎上してるわけだし、最近は蛇道枢くんのお陰で男女コラボに踏み切れるようになったこともあってか、そういう部分を気にする人がいっぱいいるみたいじゃない」
『や~だよ~! なんであたしがそんなこと気にしなくちゃいけないの? 言いたい奴には言わせておけばいいじゃん! あたしにはやりたいことがあって、そのために沢山の人たちと関わりを作っておく必要がある! だったら、尻軽って陰口叩かれようとも気にせずに突き進んだ方がいいじゃん?』
「それはそうかもしれないけど、節度を考えなよ。アンチを刺激したり、ファンの神経を逆撫でするようなことをしても意味ないじゃないか」
『む~っ、またそんなお説教してぇ……! もしかしてゆーくん、妬いてる? 自分は表立ってあたしと絡めないってのに、配信であたしが他の男と仲良くしてる姿を見て、やきもち妬いてるんだ~!』
「……別に、そんなんじゃないさ。僕は友人として、君のことを心配してるだけだよ」
『ふふふ……! いいこと教えてあげる。ゆーくんが嘘を吐く時って、必ず数秒押し黙るの。自分でも気づいてないみたいだけど、そういう癖があるんだよ? だから、さっきの発言が嘘だってこともあたしにはわかってるんだから』
からかうようにして男へとそう告げた女性が、クスクスと電話の向こうで意地悪く笑う。
彼女からゆーくん、と呼ばれる男性はその言葉に小さくため息を吐くと、助手席に置いてあるエナジードリンクが入った袋を掴んで車を降りた。
『……気分、悪くした? ごめんって、ゆーくん!』
「そんなことないよ。この程度で腹を立ててたら、君の友達なんてやってられないさ」
『むぅぅ、反応が淡泊~……! っていうか、やきもち妬いてるって部分は否定しないんだ?』
「……まあね。そういう感情があったことは否定できないから」
『にゃはっ! 今の無言は嘘吐く時のじゃなくって、恥ずかしい時の無言だ! ゆーくんってばわっかりやす~い!』
彼女にからかわれながら家の鍵を開けた男性は、冷蔵庫の中に買ってきたばかりのエナジードリンクを放り込むとその扉を閉めた。
顔と肩でスマートフォンを挟みながら会話を続ける彼は、静かな声で相手へとこう告げる。
「君の努力の結果を見ることができて、本当に嬉しかった。見た、っていうよりかは聞いた、だけどさ……この言葉に、嘘はないよ」
『……うん。あたしも、ゆーくんにそう言ってもらえて嬉しいよ。ねえ、今度二人で会ってさ、ご飯でも食べに行こうよ! お互い、色々と話したいこととかあるだろうし、それに――』
「それはだめだ。もしも【トランプキングダム】の誰かに僕たちが会っているところを見られたら、妙な誤解をされかねない。下手をすれば……あの事件が掘り返されて、とんでもないことになるかもしれないんだ」
『……そうだよね。うん、ごめん。変なこと言っちゃった。今の話は忘れて、ゆーくん』
明るい口調からトーンが変わり、寂しそうにそう語る彼女の言葉に男性は胸を締め付けられるような思いを抱く。
だが、これは仕方がないことなのだと……そう自分に言い聞かせる彼と彼女の間に、気まずい無言の時間が流れた。
『……そろそろ切るね。配信の準備しなくちゃだし』
「ああ、そうだね。僕も今日配信があるし、そろそろ終わりにしようと思ってたんだ」
そうして、お互いに電話を切ることを告げながらも、二人は自分から終了のボタンを押そうとはしなかった。
また暫く、今度は気まずくはない沈黙が流れた後……女性の方が、静かな口調で言う。
『……ねえ、ゆーくん。一回だけでいいからさ……おやすみって言って、名前で呼んで。そうしたら、本当に電話を切るから』
「……ああ、わかったよ」
彼女の心からの頼みを聞きながら椅子に座った男性は、ゆっくりと息を吸う。
その一言に全ての想いを乗せるようにして言葉を紡いだ彼は、優しい声で彼女へと別れを告げた。
「おやすみ、
『うん……おやすみ、
冗談とも本気とも取れる言葉を最後に、魅音と呼ばれた少女は電話を切った。
プー、プー……という普通音を聞きながら深く息を吐いた男性……優人は、彼女の最後の言葉を思い返して一人呟く。
「僕もだよ。だからこそ、君に近付くわけにはいかないんだ。少なくとも、今はまだ……」
ハートのステッカーが貼られたPCを撫で、デスクの上に置かれている写真立てを手に取る優人。
そこに写っている笑顔の少女の写真と、戸惑っている自分自身の姿を見つめて笑みを浮かべた彼は、抱いている未練を振り払うようにそれを戻し、悲し気に微笑むのであった。
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