来たぞ、われらのSunRise!
一方その頃、都内某スタジオ近くにあるCマート付近では……
「遂にこの日がやってきました。本日は推しのグッズが全国展開される日。つまりはくるめいのてぇてぇが日本全土に満ち満ちる記念すべき日ということです」
「いや、あんたが何を言ってるのかさっぱりわかんないわ」
「考えるだけ無駄よ、奈々。そろそろ祈里の奇行にも慣れなさい」
顔や髪を隠し、人通りがそこそこ多い道を歩く少女たちが五人。
その先頭を歩く少女は、眼鏡をキラリと光らせながら妙なことを口走っており、残りの少女たちはそんな彼女に対してツッコミ混じりのため息を吐いていた。
「でも、やっぱり嬉しいですね。名前や姿は違いますけど、沙織さんや阿久津さんが全国展開してるコンビニとコラボするだなんて……」
「そうだよね~! あの日からずっと頑張ってる沙織さんが報われたみたいで、私も嬉しいよ!」
「まったく、浮かれてるんじゃないわよ。一応、沙織はライバルみたいなものなんだから、負けてらんないって奮起しなさいってば」
「とかなんとか言いながらも一番喜んでるのは李衣菜さんなんですよ。私は詳しいんです」
「そんなこと言わなくてもみんなわかってますよ。言うだけ素直になれなくなるんで、黙ってあげてた方がいいです」
「あんたたち、好き勝手言ってるんじゃないわよ!」
なんだかんだと姦しいこの五人組の正体は、アイドルグループ【SunRise】のメンバーだ。
【CRE8】のファンであり、蛇道枢ガチ勢(ガチ恋ではない)であり、くるめい過激派でもある黄瀬祈里に頼まれた彼女たちは、クリアファイルを回収するために一緒にCマートに向かっている最中である。
メジャーデビュー済みのアイドルグループのメンバーが揃ってコンビニに行かずとも、マネージャーに頼めばいいのでは? という疑問もあるだろうが、そこはオタクである祈里が「推しのグッズは直接買いに行くべき」という謎のこだわりを見せたため、こういう展開になっていた。
「合計十種類あるんだよね? 一人が二種類貰うとして、商品を四つ買わなきゃだめってことか」
「何を買おうかな……? お菓子をいっぱい買っちゃうと、カロリー計算が大変そうだし……」
「沢山食べたらその分動けばいいんだよ~! 恵梨香も気にせず、好きなもん買っちゃいな!」
ちなみにではあるが、今回はクリアファイルの回収に協力してくれるお礼ということで、支払いは祈里が担当することになっていた。
年上である李衣菜以外は大喜びでその提案に乗る中、この買い物を主導している祈里が何をしているかというと――
「ふ、ふふふ……! 素晴らしい。流石は【CRE8】が誇る天才絵師、柳生しゃぼん。私服衣装はもちろん、Cマートの制服Verの絵も見事な出来栄えです」
――ファイルが並ぶ棚の前で、そのイラストを確認しながら怪しい笑みを浮かべていた。
ぶつぶつと何かを呟きながらオタク気質全開の笑みを浮かべる彼女の姿は完全に不審者そのもので、キラキラのアイドルだと言われても信じる者がいないくらいには怪しい。
そんな祈里の頭を軽く叩いた李衣菜は、数少ない年長者として彼女にツッコミを入れる。
「祈里、落ち着きなさい。傍から見ると完全に危ない奴でしかないわよ」
「すいません。しかし、このファイルの絵に加えて、特別ボイスを聞くことができると思うと……ふ、ふふ、ふふふふふふ……!!」
ダメだこいつ、とばかりにため息を吐き、祈里へのツッコミを放棄する李衣菜。
祈里と同じように棚に並ぶクリアファイルを眺め、そこにあった親友そっくりのキャラクターをじっと見つめた彼女は、先の後輩の言葉を思い返しながら一人呟く。
「特別ボイス、ねえ……? あの馬鹿もそういう仕事をするようになったのか……」
「気になりますか? 沙織さんがどんな台詞を言っているのか?」
「あいつがどんな演技をしてるのかが気になってるだけよ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
沙織のことが気になっていることは否定しないのかと、素直じゃないリーダーの態度にクスクスとかわいらしい笑みを浮かべる祈里。
ここでそのことを指摘しても李衣菜がへそを曲げるだけなのはわかっているため敢えて何も言わなかった彼女だったが、李衣菜がライバル兼親友の活躍を喜んでいることは間違いないようであった。
「ほら、ぼさっとしてないでとっとと買う物を決めちゃいなさい。いつまでもニヤニヤして、私たちの正体がバレたらどうするのよ?」
「はい、わかりました」
素直に李衣菜からの注意に従った祈里は、十種のクリアファイルとメンバー分の購入品をかごの中に入れてからレジへと向かった。
そこで限定ポストカードも受け取り、ほくほく顔で店を出た彼女は、グッズ収拾に協力してくれた仲間たちへと感謝の気持ちを伝える。
「ありがとうございます。皆さんのお陰で無事に全種類のクリアファイルを集めることができました」
「いいってことよ! 奢ってもらえたし、こっちこそありがとうって感じだしさ!」
「にしても、本当に筋金入りのファンよね、あんた。オタ活に余念がないっていうか、なんていうかさ……」
「私も沙織さんのファイル欲しくなっちゃったな……家の近くのCマート、探してみよう」
そんなふうに楽しく会話をしながらスタジオへと戻っていく一行であったが、その途中で突如として李衣菜が足を止めた。
急にどうしたんだと彼女を見やるメンバーに対して、李衣菜は思い出したかのようにこう告げる。
「ごめん、汗拭きシートを持ってくるの忘れちゃったから、コンビニ行って買ってくるわ。先に戻ってて」
そう言い残し、足早に今来た道を戻っていく李衣菜。
出てから数分と間を置かずにCマートへと再来店した彼女は、人目を忍びながら四点の対象品を買うと、それと一緒に花咲たらばのクリアファイル二種をレジまで持って会計へと向かう。
「レジ袋、二枚ください。はい、こっちとファイルで別に分けるように……」
店員に細かく指示を出し、買った品物とクリアファイルが入った別々の袋を受け取って……何事もなかったかのようにコンビニを出る李衣菜。
あとはこれが後輩たちにバレないようにこっそりと荷物の中に紛れ込ませようと考える彼女であったが――
「……ほら、言ったじゃないですか。この人は沙織さんが大好きなんですよ」
「!?!?!?」
――店を出たところで待ち受けていたメンバーに敢えなく発見され、その計画はご破算となった。
「いや~、わかりやすいよね~! 普段は演技も上手なのに、沙織さんが関わるとすぐにポンコツになるんだから!」
「李衣菜さんのそういうかわいいところ、私は好きですけどね」
「もう少し素直になった方がいいですよ。そうしないと、今回みたいに余計な恥を掻くことになりますから」
「な、な、なっ……!?」
自分がこっそりコンビニに戻って沙織のクリアファイルを入手しようとしていたことがバレていたと、素直じゃない自分の気持ちが全て見抜かれていた事実に顔を真っ赤にして慌てふためく李衣菜。
反論しようにも何を言えばいいのかわからなくなってただただ口をぱくぱくしているだけの彼女の肩を叩いた祈里は、菩薩のような笑みを浮かべながらこう言う。
「李衣菜さん……一緒に【CRE8】、推しましょ? 沼に嵌るのは心地良いですよ~……!」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! ほら、さっさと戻る! 今日のレッスンは厳しくいくから、覚悟しなさい!」
恥ずかしさをごまかすように大声を出した李衣菜が、メンバーを置き去りにしてスタジオへと戻っていく。
顔を見合わせて笑った祈里たちは、愛すべきリーダーの後を追って駆け出すのであった。
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