書籍発売カウントダウンss 2期生・エピソードZERO
数か月前、5人は
――彼女たちがそれを目にしたのは、どんな瞬間だったのだろう。
場所も、時間も、状況も、何もかもがバラバラだったことは間違いない。
ある者は薄暗い部屋の中、偶然にも表示されたそれを目にして息を飲んだ。
またある者は一縷の望みを胸に検索を進め、そこに辿り着いた。
オーディションの帰り道の電車の中で電車の広告に表示されたそれを目にして頭の片隅に置いた者もいれば、本当に何の脈絡もなくそれを発見した者もいる。
目にしたサイトに、応募フォーラムに、広告に、大きく書かれていた文字を見た時の彼女たちの心境はこれまたバラバラだったに違いない。
ただ、彼女たちは全員、夢を持っているということだけは共通していた。
訳あって、現実世界で叶えることが難しい夢を持つ彼女たちは、その夢を電脳の世界に託すためにその一歩を踏み出す。
期待と不安を入り混じらせた感情を抱きながら、彼女たちはそれでも前に進んでいく。
その先に、自分たちが望む未来があると信じて。
そして……ここにも1人、彼女たちと同じ道を歩むことになる男がいた。
卒業が近付いている高校への通学途中、電車の中でスマートフォンを手にした彼は、再生した動画の前振りとして流れてきた広告を見て、目を細める。
『Vtuber事務所【CRE8】、2期生タレント募集中。夢を持つあなたを、私たちは全力で応援します』
それが叔母の経営している芸能事務所であることをふと思い出した彼は、広告をスキップせずに15秒の間、黙って観続けた。
Vtuber……3Dだったり、平面の絵であったり、現実ではなくバーチャルの世界でアバターを用いて活動する彼らのような存在も今は珍しくなくなったなと思いながら、彼は首を鳴らす。
2期生を応募するということは、経営は順調なのだろう。
いいことだ、実に喜ばしい。かわいい女の子たちが楽しくゲームをしたり、お喋りをしたりする様子を楽しむファンが多く存在していることを悲しんだり憤ったりするよりも、素直に新しい娯楽の誕生と発展を喜ぶ方が健全であるはずだ。
だけどまあ、それと自分が深く関わる未来など想像がつかないし、きっと訪れもしないのだろう。
数か月後には自分は大学生になって、慌ただしい新生活を送るようになっているはずだ。
この広告を見て、オーディションを受け、無事に合格した人々がデビューするタイミングとほぼ同じくらいのことだろうか?
もしもこのことを覚えていたら、彼女たちのことを応援するのも悪くないかな……と思いながら電車を降りた彼は、改札口を出たところで前から歩いてきた女性のポケットから定期入れが落ちる様を目にした。
それを拾い、振り返って、彼はその女性の背へと大きな声で呼びかける。
「すいません。これ、落としましたよ」
「え……? あっ!!」
その声に驚いた女性はびくっと体を震わせた後、ポケットに入っていたはずの定期がないことに気が付いた彼女は、苦笑を浮かべながら自分の定期入れを掲げる彼の元へと歩み寄っていく。
「ごめんね。拾ってくれて、ありがとう」
「いえ、それじゃあ……」
綺麗な人だと、女性に話しかけられた彼は思った。
自分より少し年上のように見える彼女は大学生だろうか? 自分の失敗をごまかすように苦笑しているせいもあるだろうが、茶目っ気たっぷりの雰囲気が美人である彼女の魅力を引き立てているように見える。
ただ、同時に彼女のことをどこかで見たような既視感に襲われた彼は、それを自分の勘違いだろうと思い直すと共に定期入れを差し出し、別れを告げた。
これがラブコメ漫画だったら、ここから彼女とのロマンスが始まるのだろうなというらしくない妄想を働かせながら、彼は歩み去っていく。
そんな彼の後ろ姿を見つめていた女性もまた口元に僅かな笑みを浮かべると、電車に乗るべく改札口を抜けてホームへと降りていった。
時間にすればほんの10秒にも満たない、二言三言の会話しかしなかった出会い方。
彼……阿久津零は、お気に入りのバンドの曲を聞きながら通っている高校へと続く道を歩いていく。
彼は気が付いていない、今しがた会話をした女性とそっくりの容姿をしたキャラクターが、聞いている曲が流れる前に表示された広告に出演していたということを。
そして、自分を取り巻く運命が少しずつうねりを上げ始めているということを、零は知る由もなかった。
……これははじまりの物語。数奇な運命に導かれて出会うことになる彼と彼女たちが、初めの一歩を踏み出すまでのお話。
この先に何が待ち受けているのかもわからない5人が、夜空に浮かぶ星座になるまでの物語だ。
【2期生、エピソードZERO】
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