信じていたんだ、あなたのことを
『……え?』
――引くことが、できなかった。
代わりに口から間抜けな声を漏らした彼女が、自分自身の目を疑ってしまうような光景を目の当たりにする。
自分の前で勢いよく跳躍し、背後に着地しようとしているはずの陽彩の姿が、どこにもないのだ。
タイミングやジャンプの方向を考えても間違いなくこの地点に降りるはずだという予想を裏切られたルピアが、信じられないこの状況にパニックに陥る。
何故だ? どうしてだ? 間違いなく自分は陽彩が跳ぶ姿を見た。それなのに、どうして彼女はその着地地点にいない?
彼女は何をした? どんな魔法を使って姿を消した? ……と、何が起きたのかがわからずに頭の中に疑問を浮かばせ続けるルピアの耳が、唐突にその音を捉える。
ドサッ、という重い何かが地面に落ちた音。続いて響く、銃を構える音。
今度は意識してではなく、ほぼ反射的にその音がした方向へと振り向いたルピアは……轟音と共に放たれたショットガンの弾丸を受け、小さくノックバックした。
『は、ぁ……?』
視界が真っ赤に染まった。アーマーの耐久がごっそり削られた。
そういった一目でわかる情報が頭の中に入ってくると共に、ルピアの脳内は巨大な1つの疑問に埋め尽くされる。
どうして陽彩がそこにいる? ほんの数秒前に跳躍した彼女が、どうしてその場所に戻っている?
ありえない動きではないか。本来ならば彼女は放物線を描くように自分の頭上を乗り越え、背後に着地するはずだ。
……そう、そのはずだった。陽彩が普段通りの動きを見せていたら、彼女はルピアの思っていた通りの動きを見せていただろう。
そうならなかったのは単純な話で、彼女は相手の頭上を跳び越すその動きにプラスしてもう1つのムーブを行ったのである。
あの瞬間、陽彩がスライディングからの跳躍を見せたあのタイミングで、反転を行ったのはルピアだけではなかった。
陽彩もまた、ジャンプと共に背後へと振り向いていたのである。
空中で反転した彼女は、そのまま自キャラの固有スキルであるワイヤーフックを今しがた自分が蹴ったばかりの地面に向けて射出した。
狙い通りの場所に突き刺さったそれは陽彩の体を元居た位置まで引き戻し、彼女の着地を狙おうと振り向いたルピアの背後へと降り立たせる。
後は単純な話で、予想が外れて呆然としているルピアの背中に向け、攻撃を加えるだけだ。
ショットガンシェルの排莢を行う動作の後、こちらを向いた彼女へと再び発砲した陽彩は、その一撃がルピアのアーマーを完全に破壊した音を耳にした。
自分の必殺技を逆手に取ろうとした相手の動きの逆手を取る……完全にルピアの裏をかいた陽彩であったが、この動きにはかなりのリスクが存在していたはずだ。
もしもルピアがこちらの動きに対応できずに前を向いたままだったら、陽彩はみすみす相手の背後を突くチャンスをふいにしたばかりか無防備な着地の隙を晒すことになってしまう。
陽彩の空中反転ムーブは、ルピアが自分の必殺技を破るという前提があるからこそ意味を成す動きで、そうでなかった場合は大きな不利を背負い、そのまま敗北してもおかしくない大失態となる動きでもあった。
それを承知の上で陽彩がこんな真似をした理由は、たった一つ。
信じていたのだ、敵であるルピアのことを。
『……夕張さん、あなたは本当に凄いゲーマーだ。誰より一生懸命で、勝つことに拘って、そのための努力を怠らない。ボクなんかよりもずっと真摯にゲームに向き合ってきたあなたのことを、心の底から尊敬しています』
――だからこそ、だ。自分が尊敬するゲーマーであるルピアが、幾度となく見せた自分のムーブへの対抗策を用意していないわけがない。
彼女は自分を超えてくる、自分の必殺技を破るに決まっている。だから陽彩もそれを前提とした動きを見せ、ルピアの裏をかいてみせた。
2発目の射撃を終え、ポンプアクションで排莢を行いながら、まだ何が起きたのかを理解できていない様子のルピアを見つめる陽彩。
負けられない理由も、勝利への想いも、彼女が背負っているものがどれだけ大きなものかも、陽彩は理解できている。
だが、しかし、それでも……陽彩にだって、譲れないものはあった。
こんな自分の背を押し、大会出場への後押しをしてくれた梨子。
炎上の影響を承知の上で事務所からのNGを出さず、自分の気持ちを尊重してくれた薫子。
弱い自分を今日まで支え、一生懸命に盾になって『ゲームの素晴らしさを沢山の人に伝えたい』という夢を守ってくれた零。
ゲーム初心者でありながらもひたむきに努力し続け、友達として自分と一緒に過酷なこの道を歩んでくれた有栖。
そして、初めて大会に参加する自分のことを、魚住しずくを、こうして戦っている今も応援してくれているリスナーたちの想いを、これまで自分を支え続けてくれた全てを背に受けて立つ陽彩は、尊敬するルピアにも負けない意志の強さを見せながら、彼女に向かって叫ぶ。
『たとえあなたが相手だとしても、この想いだけは譲れない! ボクは、ボクは……っ! みんなと一緒に、勝って笑うんだっ!!』
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