一方、【VGA】の練習では……


『ダメ! 遅過ぎる! そんなんじゃあ本番でもあっさりやられるわよ!?』


『お、押忍! すいませんっ!!』


 ――零たち2期生が慌ただしくも平和なやり取りを繰り広げていたのと同じ頃、緑縞穂香の参加辞退によって【VGA】唯一の参加チームとなってしまった夕張ルピア率いる3名のVtuberたちは、配信に乗せないチーム練習を行っていた。

 鬼気迫るプレイングであっという間に指導中の後輩の体力を削り切ったルピアは、彼女を蘇生しながら今のプレイの反省点を指摘していく。


『ゆかり、あんた視点移動速度を低めに設定してるわね? それだとエイムアシストは強めに発揮されるけど、移動速度や咄嗟の振り向きが遅くなるでしょ。だから相手が大きく動くと追い切れないのよ』


『すいません! でも、どうしても敵に狙いを付けるのが苦手で……』


『練習しなさい。毎日15分でいいから訓練場に潜って、エイムの正確性と速度を上げるための訓練を反復して行う。大会までの期間、それをやり続ければあんたの技術は大きく上達するはずよ。エイムアシストに頼ってばっかりじゃなくて、自分自身の実力を磨きなさい』


『お、押忍っ!!』


 厳しい指導を続けるルピアの言葉にもめげたり反感を抱いたりせず、如何にもな体育会系の反応を見せる少女。

 彼女のこういう性格を見込んでチームに誘った自分の判断は正しかったとルピアが思う中、もう1人のメンバーが撃ち合いをしていた自分たちへと声をかけてきた。


『はいはい、そこまでにしましょって。熱くなる気持ちはわかるけど、まだ大会まで日がある内からそんな調子じゃあ、最後までもたないよ?』


『……そうね。少し休憩にしましょうか。私、飲み物取りに行ってくるから、2人も今の内に休んでおいて』


 自分を補佐してくれるサブリーダーの言葉に少しだけ冷静さを取り戻したルピアが、一呼吸空けてからチームメイトたちへと休憩を入れることを告げてから席を立つ。

 そんな彼女の様子に不安を募らせる2人のチームメイトは、様子のおかしいルピアについて話し合っていった。


『先輩、何だかピリピリしてるっすよね。やっぱり、緑縞先輩の件がショックだったんでしょうか?』


『そうだろうね。私もショックだったけど、ルピアはそれに加えて同じFPS部門に所属してるんだもん。人一倍驚いたし、傷ついたんじゃないかな』


 武道たけみち ゆかりと三三 檸檬みつみ れもん。それが、夕張ルピアチームの仲間たちの名だ。


 ゆかりはここまでの言動を見てわかる通りの体育会系の熱血な性格をしているゲーマーで、【VGA】では格闘ゲーム部門に所属している。

 真面目な後輩であり、FPSは初心者であるが打てば響く真っ直ぐな性格がややキツめの物言いや振る舞いをしてしまうルピアとは相性がよく、彼女の熱い指導にもついて行ける貴重な人材であった。


 同じく、ルピアの同期であり彼女の性格を熟知している檸檬もまた、良き理解者として暴走しがちな彼女のストッパーを担っている。

 MOBAゲーム部門に所属している檸檬ではあるが、冷静に状況を分析する能力と自身のキャラクターを巧みに操作するために必要なハンドスキルはバトルロイヤル系のFPSに求められる要素であり、そういった部分を見越してルピアからスカウトされたという経緯があった。


 完全初心者であるゆかりと、息抜きとしてちょくちょくプレイしていたためにある程度の知識と腕前を有している檸檬。

 こうして聞くと戦力としては心許ないように感じてしまうが、そこはゲーマー集団である【VGA】所属のタレントたちとでもいうべきか、ゲームスキルの吸収能力は流石の一言である。


 持ち前のゲームセンスに加え、最上位ランクのスタバトプレイヤーであるルピアの指導を受ける2人は、この数週間でめきめきと腕を上げていたのだが……。


『辛そう、っすよね……ゲームに対して真剣なのは前からでしたけど、今の夕張先輩はそういった領域を飛び越えてる気がするっす』


『配信してないとはいえ、言い方も結構乱暴だしね。的確に指導してくれるから助かってはいるけど、普段のルピアらしくないっていうのは同感だよ』


 後輩の意見に対して同意しながら、動く的に狙いを定めて射撃の練習を行う檸檬。

 ダダダダッ、という小気味良い射撃音が響かせるアサルトライフルの反動を制御して標的を破壊するまで弾を撃ち続けた彼女は、空になった弾倉を取り換えながら少し前までのルピアの様子を振り返る。


 あの頃からルピアは厳しかったが、その指導からは自分たちと共に優勝したいという彼女の想いが感じられていた。

 ゲームをプレイする中で感じられる最大の喜びは勝つことであると……【ペガサスカップ】という大規模な大会の中で1位になる喜びを共に分かち合いたいというルピアの気持ちは、直接指導を受ける自分たちだけでなく、それを見守るリスナーたちにも伝わっていたはずだ。


 あの頃はよかった、ほんの数日前のことをまるでずっと昔のことのように思い返しながら檸檬は思う。

 ゲームを本気で取り組む事務所としての立場上、ルピアも本気で【ペガサスカップ】での優勝を狙ってはいたが、それでも3人でプレイするスタバトは楽しかった。


 くだらない冗談を言い合ったり、右も左もわからないゆかりをからかった後できちんといろはを教えてあげたり、息抜きとして2対1で撃ち合いをしたり……ルピアとの練習は、真剣ながらも真剣であるからこその楽しさがあったように思える。

 だが、今は……。

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