痛々しくも、理解はできる
『あの子は今、私のせいで勝たなくてはならないという焦りに憑りつかれてしまっているんです』
『不正によって地に落ちた【VGA】のイメージを回復するには実力で勝利を掴み取るしかない。危機的状況に瀕している事務所を救うためには、自分が【ペガサスカップ】で優勝するしかない……そうしなければ【VGA】が終わってしまうと、甜歌は焦っているんです』
『あの子は、甜歌は、悪くないんです。たった1人で事務所のために戦わなければならないというプレッシャーに晒されているせいで、必死になり過ぎているだけなんです』
……もしかしたら、と零は思う。
もしかしたら、自分が感じているこの落ち着かなさを、甜歌もまた感じているのかもしれない。
いや、正確にはこの焦燥感の何十、何百倍もの重圧を彼女は感じているのだろう。
零はただ、これまでの努力を無にしたくないという想いと思うように動けないことへの苛立ちという個人で完結する感情を抱いているに過ぎないが、甜歌の場合は所属事務所や仲間たち、そして自分自身の未来を背負って戦わなければならないという考えに憑りつかれているのだから。
比較的メンタルが強いと自負している自分が、思うがままに活動ができないことへの苛立ちを募らせているだけでこれだ。
その何百倍もの焦燥感やプレッシャーを感じているであろう甜歌が必死になるのも当然のことだろう。
話し合いの席ではそういった彼女の思考やある種の緊張によってガチガチに固まっている心を解きほぐすべく、薫子やいつきも尽力していたのだが……2人の声が甜歌に届いたかと聞かれれば、おそらくは否であろうと答えざるを得ない。
頑なな彼女の心の緊張は最後まで解れることはなく、甜歌は張り詰めた雰囲気を纏ったまま、【CRE8】の事務所を去っていった。
その背を見送る陽彩の表情が、とても悲し気なものであったことを零は覚えている。
尊敬しているゲーマーである彼女に自分自身の夢やゲームに対する考えを否定されたことよりも、甜歌の痛々しい姿を見ていられなかったのだろう。
本当に短い時間であったが、彼女と顔を合わせて話をしていく内に零にもわかったことがあった。
甜歌は強気で苛烈な性格をしてはいるが、決して他者を見下したりはしない、責任感の強い人間であるということだ。
その証拠に、話し合いが再開した際には真っ先に陽彩と零に対して自分自身の失礼な発言を謝罪していたし、そこからの彼女はぴりぴりとした緊張感を湛えながらも事態の解決に向けて尽力する構えを見せてもいた。
そういう甜歌の姿を見続けた零は、何故彼女がここまで必死になっているのかという理由にも気付きつつある。
(責任を取ろうとしてるんだな。真桑さんは自分が得意とするゲームを通じて、色んな人たちに対するケジメをつけようとしてるんだ)
同期であり、問題を起こしてしまった七種が帰ってくる場所を守るためにも、今回の炎上のせいで迷惑を掛けてしまった零たち【CRE8】のタレントや他のVtuberたちのためにも、応援してくれているファンたちのためにも……この戦いは負けられない。
何としてでも大会で優勝して、多くの人々たちからの信頼を勝ち取らなければならないという想いが、甜歌の表情からひしひしと感じられていた。
自分だけではなく、大切な誰かのために必死になって努力しようとする甜歌の気持ちは零にも理解できる。
だからこそ、そんな風に自分自身を追い込みながら大好きであるはずのゲームをプレイする彼女の姿が痛々しく見えているのだ。
自分の心を擦り減らしながら、自分の好きなものへの想いを犠牲にしながら、そうやってプレイするゲームを甜歌は楽しめているのだろうか?
勝たなければならないという彼女の焦りは理解できた零であったが、やはりどうあっても勝利こそが全てだという今の甜歌の考えを肯定することはできない。
勝つことよりも大事なことがある……この数週間、陽彩や有栖と一緒にリスナーたちからの応援を受けて一生懸命にスタバトをプレイしてきた経験から、改めてその考えは間違っていないと自分自身に言い聞かせる。
甜歌の頑なな心を解きほぐすために必要なのはこの想いであると確信しながら、零は強く拳を握り締めていた。
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