裏切りこそが、最大の要因
「……来たね。とりあえず、そこに座りな」
「はい……」
緑縞穂香の炎上から一夜が明け、翌日。
有栖、陽彩と共に約束の時間通りに【CRE8】本社の社長室を訪れた零は、薫子からの促しを受けてソファーに腰掛ける。
正面に座る薫子が発するぴりぴりとした緊張感と、有栖と陽彩が抱いているであろう恐怖と困惑が入り混じった感情をひしひしと感じた零は、せめて自分だけは落ち着こうと静かに呼吸を繰り返していく。
こうして、落ち着こうと考えている時点で自分が普通の状態ではないなということを理解しながらも、少しでも話し合いを冷静な状況で臨みたいと考えている彼が正面を向けば、そのタイミングで3人の顔を見回していた薫子が口を開いた。
「急な呼び出しですまなかった。ただ、お前たちも知っている通り、緊急事態になっちまったもんだからね。緑縞穂香が炎上した件については、もう耳にしてるだろう?」
「はい、完全に事情を把握してるとは言えませんけど」
「あの、ごめんなさい。実際、緑縞さんは何をしてしまったんですか? ここまでの炎上に発展してしまった元凶っていうのは、何なんでしょう?」
薫子と零の話に割って入るようにして、手を上げた有栖が昨日から抱いていた疑問を述べる。
この問題の大前提にある話であり、炎上の原因となった部分についていまいち理解が及んでいない彼女の疑問に答えたのは、隣に座る陽彩であった。
「スマーフの容認とブースト、それが緑縞さんがやっちゃったことだよ。多分、2人には言葉の意味がわからないだろうから、説明する時間をもらってもいいですか?」
陽彩の提案に対して、小さく薫子が頷く。
まずは穂香の行動のどこに問題があるのか? という部分を解説する時間をもらった陽彩は、2人に対して詳しい説明を行っていった。
「じゃあ、まずはスマーフについてだけど……これは簡単に言えば、自分の実力を偽って弱い人たちに紛れてゲームをプレイすることを指すんだ。スタバトでいえば、スーパースターランクの実力を持つボクが、サブアカウントを使ってゴールドとかプラチナでプレイするような感じだよ」
「敢えて弱いランクでゲームをプレイする……? それって、何が目的なの?」
「1番言われてるのが、初心者狩り。自分より弱い人たちを倒して、無双プレイで気持ちよくなることが目的の人が半分くらいいる。スマーフが嫌われるのは、こういうことをされた初心者が何もできなくて負けて、ゲームをつまらないって思って離れちゃうことがあるからなんだ。折角、新規のプレイヤーが来てくれたのに、スマーフのせいで離れていっちゃったら、そのゲームは衰退していく一方だからね」
珍しく、早口にならずにゆっくりとした口調で解説を行っていた陽彩がそこで一旦息を吐く。
緊張が高まり過ぎて逆に落ち着いているのかもしれないと、そんな彼女の様子を見ながら考えていた零は、再開した陽彩の説明に耳を傾けていった。
「……ただ、こういったスマーフを容認してるゲームもあるし、サブアカウントを持っていたとしてもそれが全てスマーフになるってわけじゃないことも覚えておいてほしい。わかりやすい例だと、格闘ゲームのプロが2つのアカウントを持っているってこともある。片方はメインキャラを使う本垢で、もう片方は他のキャラクターを練習するためのサブ垢として使う……みたいな感じで、理由があって分けてる人もいたりするんだ」
「ああ、確かに格ゲーってキャラを変えると立ち回りが全然違いますもんね。そういう理由で分けてるのなら、問題はないってことか……」
「あくまで容認レベルであって、推奨じゃないけどね。他にも、サーバーごとにデータを管理してるゲームとかの場合、日本サーバーを飛び出して外国のサーバーでプレイしようとした結果、低いランク帯でプレイすることもある。ただこれは、本当にしょうがないことだからスマーフとは全く違うんだって納得してもらえると思うよ」
「今回の場合は立ち回りはほぼ同じなFPSゲームで、元とはいえプロのゲーマーさんがやった実力を偽る行為を見逃しちゃったから、緑縞さんは燃えてる、ってこと?」
「うん、そう。ただ、それは理由の半分で、もう1つの理由がブーストなんだ。これがスマーフをする人たちがなんでそんなことをするのかって目的のもう半分でもあるんだよ」
スマーフをする人間の目的の半分は、自分より実力が下の相手を蹴散らす無双プレイで爽快感を味わうこと。
そして、残りの半分こそがこの炎上の大きな要因になっているブーストであると述べた陽彩が、その部分についての解説を行っていく。
「ブーストっていうのは名前の通り、実力が自分よりも上の人間にゲームをキャリーしてもらって、ランクを上げていくことを言うんだ。異常な手段でポイントを増幅するからブースト、わかりやすいでしょ?」
「じゃあ、この間私たちが陽彩ちゃんとゲームをプレイしたのも、ブーストに当たっちゃうんじゃ……?」
「あれはランクの関係がないカジュアルマッチだから大丈夫。ブーストっていうのは、さっきも言った通り不正な方法でランクを上げることを指してるから。実際、スタバトはチームを組んでランクマッチをプレイする場合、その人たちの間に一定以上のランク差があると参加できないようになってるんだ。要するにこれが、スタバト運営がやってるブースト対策ってわけ」
「緑縞さんの場合、そういった運営が禁止している行為を思いっきり破っちまったのが原因で燃えてるってことか……確かにこれは擁護できないな……」
「で、でも! 緑縞さんって、スタバトがリリースされてから毎シーズン、スーパースターランクに到達してたんだよね? ソロでもチームでも最上位ランクに到達し続けてたっていうなら、実力は十分にあるじゃない。なら、やってることはブーストとはまた違うんじゃ……?」
スタバトをはじめとする大半のオンライン対戦ゲームでは、一定期間ごとにシーズンが切り替わりそれまでのランクがリセットされる。
その上で、穂香は毎シーズンソロでもスクアッドでも最上位ランクであるスーパースターランクまで到達していたのだから、十分な実力はあるはずだというのが有栖の主張だ。
実質的にプロゲーマーと同じくらいの実力があるのだから、それは実力が上の人に手を貸してもらうブーストとはいえないのでは……と言う彼女であったが、その意見をこれまで黙っていた薫子が即座に斬り捨てる。
「有栖、事はそう単純じゃないんだよ。確かに緑縞穂香には確かなゲームの実力があって、それは元プロゲーマーに匹敵するものだったのかもしれない。ただ……彼女が所属する【VGA】は、そういったゲームの腕前を武器とするVtuberを集めた事務所で、運営の理念もゲームの良さを多くの人に理解してもらうってものだ。そんな事務所に所属している人間が、明らかにゲームの規約を無視した違反行為に手を染めた。あんたがファンだったとして、これからもそのタレントのことを応援しようって思えるかい?」
「それは……」
薫子の指摘に押し黙り、俯いてしまう有栖。
その意見に、陽彩が解説してくれたゲームのルール違反を超えた炎上の原因があることを悟った零が、皆を代表してそれを言葉にする。
「つまり、今回の炎上はゲームでの活動を主とするVtuberが、プロゲーマーと結託して違反行為を行っていたことが最大の要因ってことっすね。e-sportsの発展やゲーマーの地位向上を目指して活動しているはずの人たちが、それを裏切った行動をしていた。そのことを知ったファンたちが怒って、関係者を叩いてるってことか……」
「そういうことだよ。騒動の根元にあるのはそういった裏切りに対するファンの怒りだ。そこにガチ恋勢やらユニコーンやらの憎しみも加わって、真偽が定かじゃない噂も出回ることで更に炎上の規模は大きくなってる。そして、同じVtuberであり、【ペガサスカップ】に参加予定のあんたらにもその影響が及びそうになってる状況だ」
零の意見を肯定しながら、前のめりの体勢を取る薫子。
深く息を吸い、吐いた後、両手を組んで3人を見つめた彼女は、真剣な面持ちを浮かべながらこう問いかけてきた。
「その上で、聞かせてもらうよ。あんたらはこの状況でまだ、【ペガサスカップ】に参加しようと思ってるかい?」
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