憧れの人、夕張ルピア


「あっ! その名前、聞いたことあります! なんか、結構炎上してる人なんですよね?」


『あ、うん……別に暴言を吐いたり、死体撃ちみたいなマナーの悪い行動をしてるわけじゃあないんだけど、我が強い性格っていうか……そのせいでファンやゲーマーたちから反感を買っちゃって、ちょくちょく燃えたりしてるみたいだね……』


 悪い意味で有名なその名前を聞いた零が思ったままの感想を口にしてみれば、陽彩もまたばつが悪そうな顔が目に浮かぶような声でそれに応える。

 穂香と同じく、またある意味では陽彩とは真逆の性格をしているルピアであるが、そんな性格の彼女をどうして警戒しているのかと疑問に思った有栖は、素直にその疑問を言葉として陽彩へと投げかけた。


『その、蓮池先輩はどうして夕張さんのことを緑縞さん以上に強いプレイヤーだって警戒してるんですか?』


『……さっきも言った通り、爆発力があるからだよ。今回の【ペガサスカップ】は1試合の結果だけで優勝が決まるルールになってる。そういう時に怖いのは、何をしてくるかわからない相手と、夕張さんみたいにとことんまで勝ちにこだわるプレイヤーだからさ』


 ゲーム大会おいて、試合を1セットしかやらないということは意外にも少ない。

 FPS、TPSゲームの場合、数度の試合を行い、その1つ1つの順位や成績を見て、総合的な結果を決めるというのが基本的な形だ。


 そういった形の大会で高いパフォーマンスを発揮するのは、穂香のような安定感を持つプレイヤーだろう。

 試合の最後まで勝ち残ることはできずとも、2位3位といった高めの順位を確実に取る動きを数試合分見せれば、十分に優勝に食い込める可能性があるからだ。


 だがしかし、今回はそういった形式ではなく、文字通り一発勝負となる短期決戦とでもいうべきルールの大会になっている。

 ということはつまり、必要になるのは安定した成績を収めるという動きよりも、絶対に1位になってやるという動きになるというわけだ。


『仮に緑縞さんが10回スタバトの試合をやったとしたら、その全てで5位以上に入って、1回くらいは優勝できると思う。逆に、夕張さんの場合は10回中7回はボロ負けする可能性があるけど……残りの3回は、圧倒的な力を見せつけて勝つ。言い換えれば、緑縞さんは10回やって1回優勝できるけど、夕張さんは10回やったら3回圧勝するんだ。その爆発力が、今回の大会ルールとがっちり噛み合ってるのが怖いんだよ』


『少なくとも蓮池先輩と同じ最高ランクに到達してるプレイヤーさんですもんね。そう聞くと、デメリット以上のメリットがあるプレイスタイルって感じがします』


「懸念点があるとすれば、そんな我が強い性格してる人がリーダーとして仲間に信頼してもらえるか? って部分くらいっすかね。ぎくしゃくしてくれたら多少は付け入る隙がありそうですけど……」


『それは……難しいんじゃないかな? 夕張さんも自分の性格はわかってる。だからこそ、この性格を受け入れてくれる仲間を探して、チームを組むと思うよ。同じ事務所のメンバーなら、仲のいい子もいるだろうしね』


 唯一の問題点である性格に関しても、大した弱点にはならないだろうという陽彩の言葉に唸りを上げる零。

 経験も腕前も負けている相手に対して、自分たちはどう立ち回るべきなのかと彼が悩む中、陽彩が小さな声でこんなことを呟いた。


『……色々言われてるし、確かに問題がないってわけじゃないけど、夕張さんは本当に凄いんだよ。勝つために一生懸命で、そんな自分に最適なプレイスタイルを確立してる。気持ちいいくらいの圧勝も、ぎりぎりの接戦を制した上での優勝も、それを観てる人の心を躍らせるプレイだから……e-sportsの普及とか、ゲーマーの地位向上とかの目標を達成するために、頑張ってる人なんだ』


 しみじみとしている陽彩の落ち着いた口調に意外さを感じた零と有栖がおや、PCの前でという表情を浮かべる。

 てっきり、そこから「それに比べて自分は……」というネガティブ思考に突入するかと思いきや、彼女が普通にルピアへの賞賛だけで話を終えたことが、2人にとっては驚くべきことだったからだ。


 もしかしたら……と、陽彩の反応を見た零は思う。

 彼女にとって、ルピアは憧れの存在なのかもしれない、と。


 痛々しいくらいに我を通し、ゲームを通じて自分自身というものを表現し、その上で人々を魅了するプレイングを見せつけてファンを獲得しているルピアは、引っ込み思案で他人と関わることを恐れ続けている陽彩とは正反対に位置する人間だ。

 だからこそ、彼女はルピアに憧れているのだろう。

 誰の目も気にせず、時に炎上することすら厭わず、ゲームを通じて目標を達成しようと努力するルピアのようになりたいという気持ちが、陽彩の中にも存在しているのだ。


 無論、リスナーたちから反感を買われるような立ち回りをするつもりはないのだろうが、それでも自分自身というものを上手く出すことができない陽彩にとっては、ルピアの過激さが眩しく映るという気持ちは理解できた。

 今回の【ペガサスカップ】は、彼女にとっては憧れの人物と同じ舞台に並び立てる機会でもあるのだ。


 きっと陽彩はそのことに対して緊張しているのだろうが、それ以上に喜んでもいるのだろうな……と考え、笑みを浮かべる零であったが――。

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