休憩中、有栖と零
「ひ、ひどい目に遭った……! 1本目からこの疲労感って、なんかおかしくねえか?」
1本目に選んだスパイ映画の上映が終わり、時刻はあともう少しで日付が変わろうという頃。
だがしかし、初めてのパジャマパーティーに興奮しているスイからはまだまだお眠になる様子が見受けられない。
思っていた以上にお家シアターにハマった彼女の提案でまた別の映画を観ることになった零は、その前の休憩時間中に外の空気を吸うべく、社員寮の廊下に出ていた。
映画の内容自体は面白かったと思うのだが、途中のベッドシーン以降、なんだか空気がおかしくなってしまったような気がする。
隣の有栖は最後まで膝を抱えた体勢のままだったし、少なからずあの濡れ場で味わった羞恥がダメージとして響いているようだ。
ただベッドシーンを鑑賞する羽目になっただけでなく、キャラクターの名前がもろに自分たちと被るだなんて……と、あまりにも不幸なその出来事に対してため息を吐いた零が、壁にもたれ掛かりながら夜空を見上げていると――
「あ……零くん、外にいたんだ……」
「あっ!? 有栖さん……!!」
キィィ、という音が響き、パジャマパーティーの会場となっている沙織の部屋のドアが開く。
その奥から姿を現した有栖の姿を目にした零は、彼女の名前を呼ぶと共に気まずさに視線を逸らしてしまった。
(こ、この状況、どう反応すべきだ……?)
先の映画でダメージを受けたのは有栖だけではない。しっかりばっちり、零もほぼ同じ被害を受けていた。
全く関係はないが、自分たちと同じ名前の男女がお互いの名を呼び合いながらあんなことやこんなことをしている映像を一緒に観ていた時の微妙な空気を思い出した零は、脳をフル回転させてこの場での有栖への正しい接し方というものを模索し始める。
何事もなかったかのように話す……というのは意外と難しい。
映画を観ていた際の席は隣同士だったし、あのシーンでのお互いの反応というのは否応なしに把握してしまっているからだ。
零も有栖も、相手が気まずそうにしていたり恥ずかしがったりしていたというのはもうわかっている。
そういった前提があった上で、何事もなかったかのように振る舞ったとしても、どちらかによそよそしさが出てしまうだろう。
だからといってそれをネタにして笑いを取るというのもこれはこれで困難だ。というより、下手をすれば有栖へのセクハラになりかねない。
上手いこと笑いにつなげることができればいいが、失敗したら気まずい空気がさらに加速するだろうし、今日まで築いてきた有栖との信頼関係が一気に崩壊してしまう可能性すらあるのだ。
では、それ以外の選択肢を見つけ出さなくれはと、必死になって第3の道を模索しても、そう簡単にこの状況を打破できる案が思い浮かぶはずもない。
さりとてこのまま無言で並び合うというのもそれはそれで気まずいだけだし……と、零が困り果てる中、意外にも有栖がお互いの間に漂う沈黙を破ってみせた。
「……楽しいね、みんなで映画を観るのってさ。本当、楽しいや」
「え……? あ、うん。そうだね……」
ぽつりと、小さな声で呟いた彼女が嬉しそうにはにかみながら言う。
不意に彼女が発したその言葉に驚きながらも肯定の意を示した零へと、有栖はこう続けた。
「あるあるネタで聞いたことはあったけどさ、ああいうえっちなシーンが流れてお茶の間が気まずくなるって、本当にあることなんだね。今まで家族で映画を観ることなんてなかったから、初めての経験だったよ」
「あ~……言われてみれば、俺も初めてかな? 想像以上にしんどい空気だってことがわかったよ」
「ふふふ……! 零くんの場合、自分以外全員が女子なんだから気まずさも段違いでしょ。しかも、主人公とヒロインの名前が私たちと被るだなんて、そんなことある?」
くすくすと笑いながら、自分から気まずさの根幹にあった部分をネタとしてみせる有栖。
そんな彼女の様子に釣られて笑った零が、自分ができなかったことを簡単にやってのけた有栖に対してちょっとした驚きの感情を抱く中、彼女は再び静かな声でこんな呟きを漏らす。
「……今までさ、こんな風に誰かとなにかをすることってなかったから、凄く新鮮な気分なんだ。こういうハプニングがあってもいいなって思えるくらい、心の底からみんなと過ごす時間を楽しめてる。自分でも意外だって思うけど、本当に楽しいの」
「………」
家族と一緒に過ごした、温かい瞬間の記憶がない……有栖と似た痛みを抱える零には、今の彼女の気持ちがとてもよく理解できた。
自分が2期生のみんなを家族だと思っているように、有栖もまた自分たちのことをかけがえのない存在として想ってくれているのだと……彼女の声に込められた感情を読み取った零は、出会った頃よりずっと明るく、そして強くなった有栖を見つめながら口を開く。
「俺も楽しいよ。こうして有栖さんたちと一緒に過ごせて、本当に楽しいって思ってる。まあ、ぶっちゃけ炎上は怖いけどさ」
「あはは、正直だね。でも、薄着な喜屋武さんの姿を見れて得したって、そう思ってはいるんでしょ?」
「あ~……否定はしない、というよりできない、かな? でも、有栖さんのパジャマ姿もかわいいと思うよ。見れてラッキーだとも思ってる」
「んっ……! お世辞なんて言っても、なにも出ないよ。私、おっぱいも小さいし……」
「お世辞なんかじゃないって。本当にかわいいよ」
有栖の言葉に乗りつつ、先程言えなかった本音を彼女へと告げる零。
彼からの褒め言葉にほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにする有栖であったが、決してそのことを不快には思っていない様子だった。
「……ありがと、零くん。色々と、感謝してます」
「ん? 別にお礼を言われるようなことなんてしてないよ。むしろ、パジャマ姿を見せてくれたことに対して、俺が感謝すべきじゃない?」
ぽつりと漏らした有栖からの感謝の言葉に、おどけた様子で応えた零が玄関のドアを開ける。
夏の夜とはいえ、薄着で長い間話すには肌寒い外から室内に入るよう有栖に促した彼は、リビングの方を見つめながら言う。
「さあ、そろそろ部屋に戻ろうか。次の映画のセレクトを三瓶さんたちに任せると、また気まずい空気になっちゃいそうだしね」
「うん、そうだね。戻ろっか」
あともう少しだけ話していたかったなという気持ちを小さな胸の片隅に抱えながらも零の言葉に従った有栖は、自分が部屋に入るまでずっとドアを開け続けてくれた彼の優しさに微かな温もりを感じて小さく微笑む。
ここからは零と2人きりではなく、家族のような絆で結ばれた大好きなみんなとの時間を楽しもうと考えを切り替えた有栖は、彼に先んじてリビングへと歩んでいくのであった。
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