最善策は、お家シアター
「お家シアター、っすか? でも、上映する映画ソフトなんてどこにもないっすけど……?」
「馬鹿ねー! 今の時代は動画配信サイトにさえ入っていれば、スマホで気軽に映画を観られるのよ? その映像を、PCモニターやテレビ画面に転送することだって簡単なんだから!!」
「へ~、そういうもんなのか。初めて知ったわ」
「月額数百円で動画見放題だから暇潰しにちょうどいいし、観た映画の感想とか雑談で話すのにもってこいでしょ。映画の同時視聴配信なんかもできるから、なにか1つくらい気に入ったサイトと契約しておくとなにかと便利よ」
「秤屋さん! お家シアターってどうやるんだが!? なんだか面白そうだ!!」
割と本気でためになる情報を天から聞いて感心していた零を押し退けて、スイが興味津々といった様子で質問をする。
天は、そんな彼女へと薄い胸を張って偉ぶると、その質問に答えてやった。
「簡単よ。さっき言った通り、私のスマホから好きな映画を流して、その映像をこの家のテレビで映す! 5人で好きな映画を観放題ってわけよ!!」
「うわぁ……!! すげぇ! 都会の
「そこまで大したものじゃないけれど……でも、家で観る映画っていいものよ。映画館と比べるとスクリーンは小さいかもしれないけど、時間を気にする必要もないし、早送りも巻き戻しも一時停止も自由自在だしね。なにより、大声出してもなんの問題もないから、友達と集まってわいわい騒ぐにはうってつけでしょ!」
人差し指を立て、お家シアターの利点を得意気に説明する天。
確かに全員で揃って映画を観るというのはこれまで配信でもプライベートでもやったことがなかったなと、そう考える零を一瞥した天は、どこか意味深な言葉で全員へと語りかけた。
「どうせなら部屋も暗くして雰囲気も出しましょうか。幸い、お菓子もいっぱいあるし……今日は5人で楽しい映画観賞会といきましょうよ。眠くなるまで、ね……!!」
「……!!」
そう言い終わると共に再び零に視線を向けた天が彼を見つめながら小さく頷く。
その行動と仕草を目にした零は、彼女の考えを理解すると共に小さく息を飲んだ。
(秤屋さん……そういうことか!!)
映画を観るとなれば、5人は横一列に並ぶ陣形を取ることになり、当然ながら視線は上映中の映画を観るためにテレビ画面に向けられることになる。
つまり零もパジャマ姿の女性陣を見る必要がなくなり、彼女たちの方を見ない正当な理由を得ることができるのだ。
加えて、部屋を暗くすれば彼女たちの姿は見えにくくなり、零が必要以上にドギマギすることもなくなる。
1本の映画を観終わるには少なくとも2時間近い時間がかかるだろうし、スイが眠くなるまでの時間を稼ぐのにもうってつけなのだ。
「うん! 天ちゃんの案、とってもいいと思うさ~! 反対する人もいないみたいだし、今日はお家で映画を楽しもうよ~!」
「決まりね。じゃあ、準備するからちょっと待ってて」
「なにか手伝えることあったら言ってね~。一応、ここは私の家だからさ~!」
「サンキュー! じゃあ、この辺の設定のことなんだけど――」
零がそんなことを考えている間にも、天は沙織と協力してお家シアターの準備をテキパキと進めていたようだ。
気が付けばテレビには彼女のスマートフォンの画面が映し出されるようになっており、動画配信サイトに接続した天が、なおも場を仕切って仲間たちに指示を飛ばしていた。
「リア様、真ん中どうぞ。そこが1番観やすい場所ですからね」
「わーい!
「その隣にはスマホ操作のために私が座ってっと……沙織、悪いんだけどあんた端っこでいい? 相談する時、近い方が便利だからさ」
「もちろん構わないよ~! 飲み物とかのお代わりを取ってくる時にも、家主の私が端っこの方がなにかと都合がいいからね~!」
そうやって、自然な流れで席順までもを決める天の手腕に、零はある種の感動すら感じていた。
尤もな理由をつけつつ最大の危険人物である沙織を離れた位置に配置し、スイも映画に熱中しやすいという理由で真ん中に配置してみせた彼女の思考を読み取った零もまた、落ち着いた口調で隣に座る有栖へと声をかける。
「有栖さん、三瓶さんの隣に座りなよ。俺は端で大丈夫だからさ」
「あ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」
――完璧だ。これぞ、このシチュエーションにおける最適解だ。
スイとの間に信頼できる相手である有栖を挟むことで万が一の事態をシャットアウトすると共に、トラブルメーカーである沙織から最も離れた位置に座ることができた零は、心の中でガッツポーズをしながら天への感謝の言葉を唱えていた。
(ありがとう、秤屋さん……! やっぱり俺の気持ちを1番わかってくれるのはあなただった。流石はもう1人の俺。似た者同士の相棒……!!)
天もまた、こちらへと視線を向けながら零だけが気付くようにサムズアップをしている。
自分の苦しみを理解し、炎上回避のために動いてくれた彼女の心遣いに感謝する零は、心の底から天に感謝していた。
普段は全力の殴り合いをしているが、やはりそこは数少ない常識人。こういう時には本当に頼りになる。
まともな同期がいてくれてよかったと、場をコントロールして最適な状況を作り上げてくれた天の配慮に涙を流しそうになるくらいに感激していた零へと、スイが不意に質問を投げかけてきた。
「阿久津さん、なんか観たい映画ってありますか?」
「いや、俺は大丈夫です。三瓶さんが観たい映画を選んでください……!!」
「そうだが! じゃあ、お言葉さ甘えで……」
配信サイトに並ぶ映画のラインナップをワクワクとした表情で見つめながら、その中から上映する映画を天と一緒に選び始めるスイ。
まあ、選んだ映画がとんでもなクソ作品だったらそこで上映を止めればいいし、ヤバ気な作品ならばその前に天が止めてくれるはずだと考えていた零は、完全に油断した状態で2人のセレクトを見守っていた。
だからだろうか? この後、普通ならばすぐに気が付く問題に彼が気が付くことができなかったのは……。
「それじゃあ、わー、これ観たい!!」
「おお! 王道のスパイ映画!! これ、あんまり観たことないから楽しみだよ~!!」
ややあって、スイはスパイアクション映画の金字塔にして、多くのファンたちから愛されている【008】シリーズの最新作、【008/ダイヤモンドスター】という作品を選んだ。
反対する者などいるはずもなく、一同は名作と名高いその映画を楽しみ始めたのだが……。
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