自分を変えていく、出会い


「……色々と変わっていってるんですね、俺たち」


「ん~? どうしたの~?」


 ……数時間後、買い物を終え、事務所に帰還し、配信の準備を有栖たち3人に任せ、沙織と共に料理の支度をしていた零が不意にそんな呟きを漏らす。

 野菜を切る手を止め、彼の方へと目を向けた沙織が唐突なその発言の意味を尋ねてみれば、零は気恥ずかしそうに笑いながらこう答えた。


「いや、出会ってまだそんなに時間が経ってるわけじゃないですけど、こうして出会ったことで俺たち全員が少しずつ良い方向に変わっていってるんだなって、そう思ったんですよ。有栖さんも三瓶さんも秤屋さんも、もちろん俺も……みんなと出会って、変わっていってるんだなって」


「ふふふ、そうだね~。私も今日、出会った頃と今でみんなが違う顔を見せるようになったな~って、そう思ったよ~」


 再び手を動かし始め、野菜を切りながら、沙織が零に応える。

 彼女もまた、出会ってまだ間もないが、それでも感じられる2期生たちそれぞれの変化を今日の買い物を通じて改めて認識したのだろう。


 そっと包丁を置いて、服に隠された首筋を撫でながら目を細めた沙織は、しみじみとした口調で自分の想いを言葉として零に伝えていった。


「色んな意味で、みんな強くなったよ。自分の力を信じることが出来るようになった人もいれば、隠したい弱さを曝け出せるようになった人もいる。出会いは人を変えていくっていうけど……本当に、その通りだね」


「……ええ、俺もそう思います。少なくとも、こんなことを話す相手が出来るだなんて、Vtuberを始める前には思ってもみませんでしたから」


 目標を掲げ、それに向かって駆け上がる強さを見せてくれた有栖。


 過去という名の重石を振り切り、新たな夢を目指して泳ぎ始めた沙織。


 偽りの姿を洗い流し、ありのままの自分として振る舞うようになったスイ。


 弱さや苦しさを抱えた自分自身を愛し、同じように周りの人々を愛するようになった天。


 そして、そんな彼女たちと出会い、誰かを応援する気持ちや自分の中にある熱を知った零。


 Vtuber活動を通して出会った仲間たちが、お互いに交わり合いながら変化を与え、胸の内にある輝きを増させていく。

 夜空に交差する星のように、暗闇の中で出会った仲間たちと紡ぐ未来が少しずつ明るさを見せていることを感じた零が、小さな声で呟いた。


「波乱万丈で、めんどくせえって思うことばっかりの毎日だけど……みんなと出会えただけでもVtuberを始めて良かったのかなって思います。蛇道枢っていう、今までの自分とはまた違う自分に出会えたんで」


「そうだね~……うん、その通りだ。私も、零くんたちに出会えて良かったって思うよ」


 暗く、冷たく、苦しい過去を変えることは出来ない。だが、未来を変えることは出来る。

 その第一歩である自分自身の変化を促してくれる最大の要因は、間違いなく出会いであると……沙織もまた、そう心から思うことが出来ていた。


 自分たちの胸の中には、泣きたくなるような嫌な思い出があるだろう。思い返したくもないトラウマもあるだろう。

 それでも、歩みを止めなかったからこそ、こうして5人で出会うことが出来た。似た痛みを抱えた者同士、お互いに寄り添い合い、応援し合うことが出来た。

 多分、きっと、絶対……それでいいのだ。まだプラスマイナスゼロにはなっていないかもしれないが、今が幸せだと思えるようになったことが大事なのだから。 


「配信を観てくれる人たちがさ、私たちと同じ気持ちになってくれたら嬉しいよね」


「そうっすね。それに、後輩が出来たら持ってる夢を全力で応援出来るような先輩になりたいって、そう思います」


 まだこれからも出会いは紡がれていく。自分たちが持つ輝きが、誰かの心を照らす光となることを望みながら……零と沙織は、仕込みを終えた料理を抱えてスタジオへと向かっていった。


「立派な先輩になるためにも、沢山の人の心を明るくするためにも、そしてなにより私たちの夢を叶えるためにも……配信、頑張らないとね! ちばりよーがんばれよ、沙織!!」


「そっすね。まずは目の前の配信を頑張りましょう! 大事な大事な、大型企画の締めとなる配信なんですから!」


 気合を入れ直し、スタジオに入った2人。

 そこで配信の準備をしていた有栖たちに出迎えられた後、全員で最後の支度を整えていく。


「配信の準備よし! 時間もある程度余裕あり! PC周りは問題ないっすよ!」


「全員分のお皿とコップは渡った~? お箸もあるよね~?」


「ホットプレート、もう温めちゃいますか? 挨拶してからの方がいいです?」


「食い物、いっぱい……! お腹ぺごぺごで、我慢出来ね……!!」


「嘘でしょ……? さっきラッキーセット食べたばっかりじゃない……!?」


 配信の準備OK。料理の支度もばっちり。

 お腹を空かせたり、程よい緊張感を抱いたりしながら、この空気を楽しんでいた零は、軽く息を吐くと……蛇道枢になりながら、同期たちへと言った。


「それじゃ、始めましょうか。お疲れ様会兼2期生ウィーク最後の配信」


 PCを操作して待機場を設立してみれば、あっという間に数万人のリスナーたちが押し寄せてきた。

 【待機!】や【スタンバイ!】といった定番のものから、2期生ウィークの終わりを悲しむものなど、多種多様なコメントを確認した一同もまた、零と同じく配信モードに意識を切り替えながら準備を完了させていく。


「挨拶して、乾杯して、そこからご飯で。リア様、もう少し我慢してくださいね」


「はい、わかりました!」


「花咲さんは飲み物、お茶でいいですか? ジュースとか色々ありますけど……」


「1杯目はみんな揃ってお茶でいいんじゃない? 次からは好きなもの飲む感じにするさ~!」


 配信であり、宴会であり、友人たちと楽しむ場でもある。

 そんな不思議な空間を見回しながら小さく笑みを浮かべた零は、誰かと一緒に食卓を囲む喜びを静かに噛み締めていた。


(枢……俺を変えてくれた1番の相手は、お前なのかもな)


 自分であって、自分ではない。そんな不思議な相手である蛇道枢との出会いこそが、自分の人生を大きく変えたターニングポイントなのかもと……今更ながら零は思う。

 多くの出会いを、喜びを、そして事件を運んでくるようになったもう1人の自分へとそんなメッセージを送りながら、自分を変えてくれたVtuberという存在に感謝しながら……零もまた、配信前最後の確認を行う同期たちの輪の中へと加わるのであった。

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