地元の、友達
「阿久津……? 阿久津か!?」
「あん……? おっ!」
突然、隣に立つ零の名を呼ぶ声が聞こえると共に、その声に反応して振り返った彼の驚いたような声が耳に届く。
零につられて振り返った有栖は、驚きが3割と喜びが7割といった様子の笑みを浮かべた金髪の青年がこちらへと歩み寄ってくる姿と、彼と同じような表情を浮かべている零の姿を交互に見比べつつ、なにが起きているのかを把握するために成り行きを見守ることにした。
「お前、もしかして井川……井川か?」
「そうだよ! 久しぶりだなあ! でも、お前は全然変わってないからすぐにわかったぜ!!」
「そういうお前は髪なんて染めやがって、大学デビューかよ? 一瞬、誰だかわかんなかったぞ」
「ちょ、言うなって! 折角の機会なんだし、弾けたいじゃんかよ!」
親し気に、楽し気に、会話を始めた2人の様子を見るに、どうやら零と彼は高校の同級生といった感じの間柄のようだ。
卒業から半年近くの時が経ち、意外な場所で再会した旧友との会話を楽しむ2人は、お互いの近況を報告していった。
「お前も地元を出て、こっちに引っ越してきたのか? 家、ここの近くなの?」
「いや、地元は出たことは確かなんだが、今の家はここからちょっと離れた場所だよ。今日は買い物のために車出してもらって、偶々このスーパーに来たんだ」
「へえ、それじゃあ俺と会えたのはマジで偶然だったんだな! ……でも、良かったよ。お前、普通そうでさ。やっぱあの噂はなんかの間違いだったんだな」
「え……? 噂って、なんだよ?」
意味深な言葉を口にした友人へと零がその意味を問いかければ、一瞬だけ迷った表情を浮かべた彼が、声量を小さくしてから自身が耳にした噂についての話を聞かせてくれた。
「いや、なんかさ……お前が事件起こして、大学の推薦がパーになったって話が広まってたんだよ。んで、今は家で引きこもりになってニートやってるって、そんな噂が出回ってたみたいだぜ?」
「……そっか。そんなことになってたのか」
「ああ。まあ、正直俺も地元を出るちょっと前に小耳に挟んだ程度だし、信じてもなかったんだけどさ。ってか、お前の弟さんのがヤベーぞ。この間、地元の奴から聞いたんだけど――」
「悪い。今、その話は止めといてもらっていいか? あんま聞きたい気分じゃねえんだ」
「あっ……! そ、そうだよな。デリカシーの無い真似して悪かったよ」
地元で広まっている自身の悪い噂と、自分を追い出した家族の近況についての話をされかけた零が暗い口調でそれを制止する。
その反応に気まずさを覚えた零の友人は、自身の軽はずみな言動を謝罪すると共に、暗くなってしまった場の空気を明るくするためにおどけた雰囲気でこう続けた。
「そういう話が広まってたからさ、ちょっと心配してたんだよ。けど、安心したわ。なにせこんな可愛い彼女さんと買い物デートしてるんだ、順風満帆な毎日を送ってるみたいじゃねえの」
「か、かの――っ!?」
「ぶっ!? ちょ、おまっ……!」
突然、これまで存在を無視していたはずの有栖の方へと視線を向けてそう言い放った友人の言葉に零が盛大に噴き出す。
有栖もまた唐突な彼女認定に驚きと恥ずかしさを同居させた感情を抱くと共に顔を真っ赤にしてしまい、元来の人見知りな性格も相まってちょっとしたパニック状態になってしまっていた。
「ち、違うっての。この人は、別に彼女とかじゃなくって――」
「誤魔化すなって! 別に言いふらしたりするつもりはないから、安心しろよ!」
「いや、だから本当に違うんだっつーの!!」
必死になって友人の誤解を訂正しようとする零であったが、彼はその否定の言葉をただの照れ隠しだと考えているようで、全く話を聞いていないようだ。
慌てる零を放置して、顔を赤くして固まっている有栖へと視線を向けた友人は、丁寧かつ落ち着いた口調で彼女へと挨拶の言葉を口にする。
「はじめまして。俺、阿久津の高校時代の友人で、井川っていいます。以後、お見知りおきを」
「あ、は、は、は、はじめまし、て……!」
「こいつ、どうすか? 彼氏としてちゃんとやれてます? いい奴だってのは知ってるんですけど、彼女さん的には不満とかありませんか?」
「あ、あの、えっと、わ、わた、私、彼女じゃ、なくって、その……!!」
パニック状態になりながら、高まり続ける緊張をどうにか抑えようと努力しながら、有栖も必死になって零の友人の誤解を訂正しようと言葉を選んでいた。
万が一にも、こんな自分が零の彼女だという噂が彼の地元で広がってしまったら、申し訳が立たない。なんとかしてこの誤解を解かなくては……と一生懸命に自分たちの正しい関係性を伝えるべく、正解を探す有栖。
無難に友人……というのは駄目だろう。零の説明と同じく、照れ隠しと受け取られるだけだ。
職場の同僚というのも難しい。彼は零が大学に進学したと思っているようだし、Vtuberという職に就いていることがバレる可能性がある選択肢は排除した方がいい。
ただの顔見知りという言い訳は通用しなさそうだし、そもそもなんだかそんな希薄な関係であるとは有栖自身が言いたくはないし……と、この場で最適解となる自分と零との関係性を模索していった有栖は、その答えが見つからない現状に段々とパニック状態を深めていてしまっていた。
(わ、私と零くんの関係性。恋人以外の、正しい関係……!!)
友達は駄目。同僚というのも微妙。顔見知りや知り合い程度の関係性というには親密が過ぎる。
このままでは彼の中で零と自分とが恋人であるとの見解が完全に固まってしまうと、焦りを抱いた有栖は考えに考えを重ねた結果、とある答えを唐突に思い付く。
直後、彼女がはわはわと慌てたまま、特に考えることもせずノータイムで口にしたのは――
「わ、私は、れ、零くんの……家族、です!」
――という、オウンゴール級の大失敗にして、ホームラン級の大正解となる回答であった。
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