キャラクター性と、熱

「えっと……? どういう意味っすか? Vtuberとしてのキャラクターを演じ過ぎてるとか、そういう意味ですかね?」


 少し難解でいて、ある程度は言いたいことがわかる玲央の言葉を受けた零がそう質問を返す。

 その質問に対して否定も肯定もしなかった玲央は、小さく唸ると再び不器用な言葉ながらも出来るだけわかりやすいように解説をしていった。


「そう……かな? でも、ちょっと違うかもしれない。鏡に映ってる自分自身の姿を見ながら歌ってるみたいだなって、秤屋の歌を聞いた時、アタシはそう思った」


「鏡に映る自分、っすか?」


「あ~……それもまた違うかもしれない。精一杯おめかしして、誰からも愛される、可愛いって言われる自分自身の姿を一生懸命に作って、それを崩さないようにしている……ひどく残酷な言い方だけど、それが1番しっくりくる表現だと思う」


 多分、この場に天が居たら玲央の言葉に怒るか泣き出すかしていただろう。

 玲央の言葉は正しく、今、彼女が発した評価は天の心を抉る言葉のナイフとしては途轍もない鋭利さを有している。


 実際にその評価を受けたわけでもない自分ですら軽くショックを受けるのだから、当の本人が聞いたらそれこそ洒落にならない話になるんだろうな……と思いつつ、零は更に詳しい説明を求め、玲央の顔を見つめながら、言った。


「来栖先輩の言いたいことはなんとなくわかりました。でも、それってそんなに悪いことなんですかね? 誰だって自分の良いところを見せて、嫌な部分は隠すようなもんですし、配信者だったら猶更の話でしょう?」


「ああ~……まあ、そうだな。でも、それがあまりにも本来の自分とかけ離れてると、結局は自分が苦しくなると思うんだよ。それに、あんまりにもキャラクターを演じ過ぎると、それはそれで見ている人が違和感を抱く。秤屋とは違うけど、梨子姉さんがいい例だろう?」


「えっ? 自分、急に参戦!? 話の邪魔にならないように隅っこの方で小さくしてたのに、唐突なご指名に心臓が跳び上がっちゃってるんですけど!?」


 シリアスな話が一気にギャグ風味になる梨子の反応に苦笑しつつ、彼女のことを指差した玲央は、いまいち言いたいことがわからないといった様子の零の視線を受けながら梨子を例にした説明を行っていった。


「ご覧の通り、梨子姉さんは駄目に駄目を重ねたダメダメ人間さ。メンタルも弱いし、フィジカルはそれに輪をかけて弱いし、そのくせ欲望に忠実っていう駄目の三大要素をコンプリートしてるパーフェクトダメ人間だよ」


「あれ? もしかしなくても自分、ボロクソに言われてね? 玲央ちゃん、自分のハートはガラスってことを忘れないでもらえます? 大の大人のガチ号泣、間近で見たいっすか?」


 よくわからない脅し文句を口にする梨子は、既に大分ショックを受けているようだ。

 あまりにもメンタルが弱い義母の姿に苦笑する零であったが、玲央はそんな彼女の反応も気にせずに話を続ける。


「そんなダメ人間な梨子姉さんだけど、Vtuberとしては凄く人気がある。駄目っぷりを晒しながらも絶妙に愛嬌があるし、何より根っこの部分は善良だってことはあんたもわかってるだろう? これって全部、加峰梨子っていう人間と柳生しゃぼんっていうキャラクターがほぼ同じ存在で、梨子姉さんが飾らない自分自身を出しているからこそこうなっているって、アタシは思うんだ」


「ええ、まあ、そうですね」


「こういうキャラクター性ってさ、演技とかで出すのは相当難しいと思うんだよね。仮に他の誰かが明日から柳生しゃぼんとして梨子姉さんの真似事をしたとしても、それはオリジナルとは大きくかけ離れた存在になる。言っちまえば、血肉の通ってないキャラクターになるわけだ。んで、そういうキャラクターってのは大概にして――」


「……熱を感じない、っすか?」


 正解ビンゴ、といたずらっぽい笑みを浮かべながら口パクで玲央が零へと告げる。

 先にスイに下した評価と同じく、天からも熱を感じないという評価を下した彼女は、後輩への申し訳なさを感じながらもその全てを吐き出した。


「秤屋は必死にVtuberとしての自分を演じている。誰からも愛されて、応援されるアイドルとしての自分を作り上げようとしている。その努力自体は凄いと思うさ。でもな……どれだけ素敵なアイドルを演じて、Vtuberとして活動しようとも、そのんだ。アタシは演技とかに関しての知識はからっきしだけど、血肉の通っていないキャラクターに人気が付かないっていうことくらいはわかるよ」


「秤屋さんは自分とはかけ離れたキャラクターを演じてて、そのせいで空っぽのキャラクターが生み出されてる。その空っぽの状態のままで歌っているから、三瓶さんとはまた別の意味で自分が無い歌になっちゃってた……そういうことですか?」


 こくりと、零の問いに玲央が頷いてみせる。

 そこから何かを言おうとした彼女が、またしてもどうこの評価を言葉にしたものかと悩んだように視線を泳がせる中、ここまでほぼほぼ黙った状態で話を聞いていた梨子が、話のバトンを繋ぐようにしてこう言ってのけた。


「ああ、確かに重症っすね……だってそれ、言い換えちゃえば愛鈴として活動するのは秤屋さんじゃなくてもいいってことになるんすから。声優さんとしてキャラを演じるその心構えは素晴らしいですけど、Vtuberとしては致命的なんじゃないかなぁ……?」


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