どうして、問題外?

「……あれか。まあ、気になるに決まってるよな……」


 零からの質問を受けた玲央が悩ましい表情を浮かべながら何かを考え込む。

 既に蚊帳の外状態になっている梨子が話の邪魔にならないように黙って静かにする中、腕組みをして考え事をしていた玲央が端的な結論だけを零へと告げた。


、っていうのがしっくりくる意見かな?」


「自分が、なかった……?」


 玲央のシンプルが過ぎる評価を繰り返しつつも、半分はその言葉に納得する零。

 彼女と自分の考えが一緒ならば、その評価は実に正しいものになるのではないかと思う彼の前で、簡潔が過ぎる先の意見の補足として玲央が言葉を付け加える。


「念のために言っておくけど、あの2人の技術は間違いなくあんたと入江よりは上だよ。特に三瓶の奴は喜屋武と並んでも遜色ない。ただ、そうだな……悲しいかな、なんだ。歌は上手いが、それ以上でもそれ以下でもないんだよ」


「それが、自分が無いっていう先輩の評価に繋がるわけですか?」


「なんて言えばいいのかがわからないし、上手い言葉も見つからないんだけどさ、アタシには三瓶の奴が目の前のマイクと楽譜だけを見て歌ってるように思えたんだ。多分、あいつはどんな曲だって凄く上手く歌えるんだろう。ただ、そうだな……あいつの歌じゃ、アタシの心は震えない。のめり込むような熱が感じられないんだよ」


 この場に居ないスイに対しての辛辣な評価を口にしている玲央は、ちょっとだけ罪悪感を覚えているような表情を浮かべている。

 そんなつもりはないのだが、彼女に対して陰口を叩いているように思えてしまっているのだろう。


 それでも、ここまできたらしっかりと自分が感じたスイの歌の問題点を同期である零に伝えるべきだと判断した彼女は、自分なりの言葉でそれを評価として形にしていく。


「あんたと喜屋武、そして入江には熱があった。自分の歌を聞いてくれる誰かを楽しませたい、喜ばせたいっていう想いがその原動力なんだと思う。それさえあれば、技術なんてもんはどうだっていいんだ。最悪、何度も同じ曲を歌ってれば下手でもある程度は上手く歌えるようになるんだからな。だが、その逆はどうしたって無理だ。どれだけ歌が上手かろうとも、技術があろうとも……そいつ自身の想いみたいなものがないなら、それは機械が歌ってるのとなんら変わりはしない。ファンは自分が応援したい奴の歌を聞きに来たのに、そいつを感じさせてくれる想いがなくっちゃ、拍子抜けもいいところだろ」


「……でも、三瓶さんはこれまで歌枠や動画で何度も歌声を披露してきましたし、ファンもそれを大絶賛してますよ?」


「ああ、まあね。ただ、今回は話が違う。今回はソロで歌うんじゃなく、同期たちとセッションするんだろ? そうなれば当然、あんたらの歌は比較される。誰が上手いだとか、誰の歌声がこの曲にマッチしてるだとか、そんな風にあんたらの歌を聞いた奴が思い思いの比較をする中……アタシみたいに、気が付く奴がいるわけだ。5人の中に2名ほど、想いが響いてこない奴がいるってことにな」


 単独ではなく、集団として歌を披露すること、それこそが玲央が2人の歌を問題外だと評価した大きな要因だった。

 5人で並び、同じように歌ったとして、自分自身を出さずに機械のように歌う人間と懸命に自分が出せる全力を尽くして歌った人間の差というのは、分かる人間には分かるものなのだと、玲央が零へと告げる。


 元アイドルであり、抜群の実力を持つ沙織もそうだが、歌に対する知識や技術を全く持ち合わせていない零と有栖の存在もまた、残る2人の評価を下げる一因になっていた。

 同程度の実力を持つ者と共に歌えば想いの差というのは明確に露わになるし、逆に下の実力であるはずの人間の方が技術を有している人間よりも人の心を動かすというのは往々にしてあり得ることで、2期生全員で録った歌ってみた動画は、下手をすればスイの問題を浮き彫りにすると共に彼女を追い詰めることにもなりかねない。


 実際、自分もまた初めて同期たちの歌声を聞いた時、理由は分からないがスイよりも沙織の方が良いと感じたことを思い出した零は、玲央の言うことが的外れどころか見事なまでに的を射ていることに驚いたのだが……彼が最も知りたかったことは、その部分ではないのだ。


 スイが訛りを気にして自分を出せないことは、彼女の秘密を知ってしまった自分もよく理解している。

 その消極的な姿勢や心構えをたった1度の歌を聞く機会だけで見抜いた玲央には敬服するが、零が知りたかったのは、スイの方ではなく天の方なのだ。


「あの……三瓶さんの方の問題はわかりました。でも、秤屋さんの場合はどうなんですか?」


 零が見る限り、天はスイと違って全力で仕事に取り組んでいる。

 本気で、全力で、Vtuberとしての活動に身を入れている彼女が、スイと同じ評価を受けたのはどうしてなのか? という零の疑問に対して、玲央は暫く考え込んだ後に顔を上げると、気遣いと残酷さを同居させた言葉を口にした。


「……もしかしたら、あいつの方が三瓶よりも重症かもしれない。あいつは全力で、本気で……自分じゃない存在を前面に出しているんだ」

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