1番目、2番目


 スタジオ内でそれぞれの歌声を確認する一同の間には、異様な空気が流れていた。

 いきなり事務所を代表する先輩と顔を合わせたばかりか、彼女に自分たちの歌についての講評を受けるとなれば、それも当然の話だろう。


 気弱な有栖は顔を青くしているし、零もまたそれなりに緊張した面持ちで自分たちの歌を聞く玲央のことを見つめ続けている。

 スイも、天も、あの沙織ですらも一言も発しない、2期生の歌声だけが響くスタジオの中で、最後の1人である有栖の歌を聞き終えた玲央は、ふぅと軽く息を吐いてから零たちの方へと振り向いた。


「どんな感じだった、玲央?」


「……少し、時間を下さい。頭の中で感想を纏めてるんで」


 薫子からの問いかけにそう答えた玲央が、顎に右手を寄せると視線を斜め右下に向けて何かを考え込む素振りを見せる。

 たった今聞いた2期生たちの歌声に対する批評というか、アドバイスというものをどうやって彼らに伝えるかを悩んでいるようにも見える彼女に、10の瞳から放たれる視線が向けられていた。


「……先に言っておくけど、これはあくまでアタシの感想だってことを頭に入れておいて。その上で聞いてほしいんだけど……今、聞かせてもらったあんたたちの歌に対して順位を付けさせてもらった。上から順番に発表して、アドバイスみたいなものをしていくから、そのつもりでいて」


 ややあって、顔を上げた玲央が発した言葉を耳にした零たちが揃って緊張感に息を飲む。

 明確な順位まで付けられるのかと、ただでさえ自分の歌に自信がない零と有栖が他の3人との差を突き付けられることに対する恐怖を抱く中、そんな彼らのことなどお構いなしといった様子で玲央が最も優れていると感じた者の名前を挙げる。


「1番はかに座。ぶっちゃけ、アタシから言うことは何もない。歌配信のアーカイブを観たことがあったけど、その時以上の腕前になってるよ。基本も完璧っぽいし、大概の曲も練習すれば問題なく歌えるだろう。ってか、あんたがいるならアタシがアドバイスする必要ないんじゃないか?」


「事務所で1番のシンガーである先輩にそこまで褒められると照れちゃうよ~! 凄く嬉しいです。ありがとうございます!」


「お世辞とか得意じゃないから、割とマジでそう思って言ってる。なんだったら今度一緒に動画出す? あんたとなら、いいセッションが出来そうだ」


 玲央が真っ先に名を挙げたのは沙織だった。

 自分と同じく玲央も彼女が最も歌が上手いと感じてくれたことと、玲央が沙織に対してべた褒めにも程がある最上級の賛辞を送ったことに対して、まるで自分が褒められているような喜びを感じる零。


 【SunRise】のメンバーと交わした『バーチャル世界で1番のアイドルになる』という夢を叶えるために努力を欠かしていないであろう沙織の成長と実力が認められたことを同期として喜んでいた零は、彼女への講評を終えた玲央が次に発した言葉を聞いた瞬間、己の耳を疑った。


「次点でへびつかい座。拙さもあるし、素人っぽさも残ってるけど、アタシはその粗削りさが結構好きだな。個人で歌うなら曲を選べば十分に通用するだろうし、あんたの場合は技術磨くよりも叩き上げでのし上がっていった方が良さが光ると思う。ただ、女4人に混ざって歌うなら、そっちに合わせて歌えるくらいの技量は必要になるだろうね。その辺はかに座に聞きな。アタシより的確なアドバイスをしてくれるだろうから」


「えっ……? お、俺、っすか? 2番目が、俺……?」


「そう、あんた。ま、さっきも言った通り、これはアタシが個人的に良いと思った順位だから、他の奴があんたたちの歌を聞けば、当然ながら結果は変わると思うよ。アタシが最初に念押ししたのは、そういう部分も理解してくれってこと」


 あっけらかんとそう言う玲央であったが、そんな彼女から名指しで賞賛を受けた零はその言葉を信じられないでいた。

 完全にド素人で、なんのトレーニングもしていない自分が、2位。

 声優を目指して研鑽を積んでいるであろう天や、2期生及び【CRE8】でもNo.1の歌声を誇ると言われているスイよりも自分の方が上だというのは、どう考えてもおかしい。


 改めて確認したが、自分の歌が2人よりも優れているとは思えなかったし……と、褒められたことに対しての喜びこそ感じているものの、やはり自分の順位に納得が出来ずに首を傾げる零であったが、そんな彼を更に驚かせるようにして、玲央が三度口を開く。


「……今言った2人が合格点。残りの3人は、アタシからすれば不合格。悪いが、このままの状態で歌動画を出すことはおすすめ出来ないね」

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