アドバイザー、登場
これで通算200話!こっちも随分と長丁場な話になっちゃったな……
毎回のように感想や応援のお言葉をくださり、本当にありがとうございます!
これからもこの小説を楽しんでいってください!
――――――――――
「お、お待たせしました。歌の収録、終わりました……」
「あ、お疲れ。何か飲む?」
がちゃりと音を立てて扉が開き、たった数分の収録を終えただけとは思えないくらいに疲弊した有栖がヘロヘロになりながら零たちの下へと歩み寄ってきた。
零が相当に緊張しながら歌を歌ったであろう彼女を労う中、席を外していたスイと天も戻ってくる。
「……すいません、戻りました」
「ごめんね。実家の方から電話かかってきちゃってさ~。今、どんな感じ?」
「丁度有栖ちゃんの収録が終わったところだよ~。それじゃあ、みんな揃ったことだし、今から改めて全員でそれぞれの歌声をチェックしていこうか!」
沙織の号令を受け、改めて自分たちの歌声の確認を行おうとする2期生の面々。
歌の上手い下手だけではなく、声質やどんな曲が合いそうかなどという意見を交換し、そこから2期生全員で歌う楽曲を決めるための重要な会議を5人が行おうとする中、そんな彼らに声を掛けてくる人物がいた。
「そのチェック、私たちにも立ち会わせてくれよ」
「えっ? あ、薫子さん!?」
不意に2期生の下に姿を現した薫子が、軽く手を上げて5人に挨拶をする。
事務所の代表である彼女に2期生の面々が頭を下げて挨拶をする中、彼女は同期コラボについての会議を行う零たちへと、改めて同じ意味の言葉を投げかけた。
「2期生コラボ、歌ってみた動画を出すんだろう? 丁度いいところにアドバイザーとしてうってつけの奴がいたから、引っ張ってきたよ」
「アドバイザー、っすか……?」
彼女ではなく、他の誰かが自分たちの歌についてアドバイスをするという薫子の言葉に訝し気な表情を向けた零が首を傾げる中、小さく頷いた薫子が背後を振り返ると連れてきた誰かを手招きして呼び寄せる。
ややあって、ゆったりとした大股な歩幅でこちらへと歩いてきた人物へと、零たちの視線が集中していった。
「……どうも、はじめまして」
「あ、ご丁寧にどうも……」
軽い会釈程度のお辞儀をしつつ自分たちへと挨拶をしたその女性へと、零もまた挨拶を返す。
そうしながら、薫子が連れてきたアドバイザーの姿を改めて確認した零は、彼女に対してヤンキーのようだなという印象を抱いた。
視線。纏う雰囲気。仕草。そのどれからも冷めた雰囲気を感じさせる女性だが、瞳の奥には鋭い光が宿っているように見える。
やや高めの身長と沙織にも負けない大きな胸、すらりとした長い手足といったモデル顔負けの容姿を誇る彼女だが、服装はとても男性的だ。
胸元が大きく開いた白のタンクトップに、夏の暑い日だというのにも関わらず黒のレザージャケットを合わせ、下はブルーのデニムジーンズという洒落っ気のない格好をしているものの、彼女自身が放つ雰囲気とその服装はマッチしており、むしろこれが最適解であるようにも思える。
まあ、こういったラフが過ぎる格好であるが故に、零は彼女のことをヤンキーか何かだと思ってしまったのだが……そんな風に初対面の人物の登場に固まる2期生たちに向け、薫子が連れてきた女性を紹介した。
「こいつは
「獅子堂さんって……【CRE8】が誇るビッグ3の1人じゃないですか! チャンネル登録者数100万人も間近の、超大物Vtuberですよね!?」
「……あんま、そんな風に言わないでよ。数とか評判で語られるの、好きじゃない」
「あっ、す、すいません……」
予想外の大物の登場に興奮する天を冷ややかな一言で叱責する玲央。
クールという表現がぴったりな彼女の態度に他の面々も息を飲む中、零もまた彼女こと獅子堂マコトについての情報を頭の中で展開していった。
獅子堂マコト……【CRE8】1期生にして、チャンネル登録者数約94万人を誇る界隈でも有数の大物Vtuber。
事務所内でのチャンネル登録者数ランキングは2位で、1位と3位のタレントと合わせてビッグ3と呼ばれている。
そんな彼女の最大の武器は、圧倒的かつパワフルな歌声と、ストイックで媚びない真っ直ぐさ。
歌ってみた動画はパワフルなロックナンバーを中心とした彼女の持ち味を活かしたものが多く、そのどれもが余裕の100万再生を突破しているといえば、その凄まじさがご理解いただけるだろうか?
雑談に関してもズバズバと歯に衣着せぬ言い方で物申すが、決して無礼であったりだとか、コラボ相手や同僚に対しての気遣いが出来ない粗暴な人物ではないということで、ファンたちからの厚い信頼を獲得している。
分かり易く一言で表すならば、リア・アクエリアスと蛇道枢を足して2で割ったような人物ということだ。
そんな大物Vtuberであり、歌に関しては間違いなく【CRE8】でも随一の実力を誇る彼女が自分たちにアドバイスをくれるだなんて……と驚く零たちへと視線を向けた玲央は、あまり表情を変えないままこう言った。
「……ま、そんな固くならないでよ。薫子さんに頼まれてアドバイスしに来ただけであって、あんたらを取って食っちまおうだなんて考えてはないんだからさ」
「事務所を代表する先輩にアドバイスしていただけるなんて、本当に光栄です。よろしくお願いします!」
「……そんなに期待しないでほしいな。アタシ、誰かにアドバイスするとか得意じゃないしさ」
そう、後頭部をかきながら困ったように沙織へと言う玲央の様子から察するに、彼女は見た目ほど怖い人間というわけではなさそうだ。
どちらかというと後輩である2期生の面々を気遣ってくれているようであるし、ぶっきらぼうな物言いも元来の性格か、あるいは単に初対面の相手との距離感をどうすべきか悩んでいるが故にそうなってしまっているだけなのだろう。
ヤンキーはヤンキーでも、面倒見がいいタイプのヤンキーだったかと思いながら、長くボリュームのある玲央の茶色の髪を目にした零は、彼女は担当星座通りのライオンのようだな、と心の中で最初に抱いた印象を更新しつつ、彼女へと頭を下げる。
「えっと……来栖さん、今日はよろしくお願いします。歌に関しては素人なんで、お聞き苦しい部分もあるでしょうけど……これまで同期コラボを待ってくれていたファンたちのためにも、その期待に応えられるような内容の動画にしたいんです」
「ああ、うん。アドバイスだなんて考えずに、あくまで参考程度に留めておいてくれよ。さっきも言った通り、人に助言するのとか苦手なんだ、アタシ」
そう言いながら不器用に笑った玲央が、ぐるりと視線を動かして2期生全員の顔を見回す。
緊張している面持ちの有栖と、軽く会釈をしてみせた沙織と天とを見た後、自分へと真っ直ぐな視線を向けているスイと目を合わせた玲央は、小さく頷きながら彼女へと言った。
「あんたがみずがめ座か。話によると、アタシより歌が上手いとか言われてるみたいじゃん。どれほどの腕前なのか、アタシ自身の耳で確かめさせてもらうよ」
「……よろしくお願いします」
「ちょ、スイちゃん!! 大先輩相手にそれだけってことはないでしょ!? もっとこう、言うべきこととか――」
「別にいい、気にすんな。アタシにとっちゃ、言葉なんかよりも
言葉少なが過ぎるスイの態度に大慌てして彼女を叱責した天であったが、当の玲央はそんなことは欠片も気にしていないようだ。
ファンたちから自分を超えるとまで言われているスイの実力を楽しみにしているかのように、そんな彼女への対抗心を燃やすかのように、姿を現した際の冷めた雰囲気を軽く熱したオーラを纏う彼女は、誰よりも早くに収録音声を確認するためのスタジオに入る。
そんな玲央を追ってスタジオに入った零たちもまた、今しがた収録したばかりの自分たちの歌声を他の同期と事務所の社長と大先輩と確認し始めたのであった。
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