翌朝、カフェにて


「ご、ごめんね、零くん。私、そんなつもりで言ったんじゃあなかったのに、めいとのみんなが大騒ぎしちゃって……」


「大丈夫、わかってるよ。有栖さんがそんなことするはずないじゃん」


 翌朝、【CRE8】本社ビルの程近くにあるカフェラウンジにて、零は有栖からの謝罪を受けながら彼女と朝食を取っていた。

 ただでさえ小さな体を更に縮こませてぺこぺこと謝る有栖に笑みを浮かべながらそう言った零は、トーストを齧りながら更にフォローの言葉を口にする。


「有栖さんがすぐにSNSに注意喚起の投稿をしてくれたから、昨日の炎上も小火程度で済んだしさ。今朝にはもう何もかもが解決してたから、そんなに気にしないで」


「でも、私が火を着けちゃったのは紛れもない事実だし……」

 

「そんな些細なことで炎上するだなんてわかるわけないから仕方がないよ。俺だってまさか自分が燃えるとは思わなかったしさ」


「あぅぅ……」


 申し訳なさそうに俯きながら、有栖がサクサクとリスのような小口で朝食を齧る。

 洒落になるレベルのお遊び程度の炎上だったわけだから、本気で気にしていないし、そんなに自分を責める必要もないんだけどな……と思いつつも、今は自分が優しい言葉を掛ければ掛ける程に有栖を追い詰めるような気がしなくもないでいた零は、そんな彼女を見つめながら思った。


(マズいなあ……この後、2期生全員が顔を合わせるっていうのに、このメンタルのままってのはよろしくねえだろ……)


 こうして零と有栖がわざわざ外で朝食を取っているのも、この後に控えた2期生コラボに関しての話し合いを全員でするために【CRE8】本社に集合する手筈になっているからであって、決してデートをするためだけにこのカフェに来たわけではない。

 薫子の指示通り、同期コラボとそれに加えての何かをするための会議をするために集まる2期生の面々であったが、そんな中で有栖がこの精神状態というのはそこそこにマズい状態なのではないかと零は思う。


 当然ながら2期生は自分を除いて全員が女性なわけで、しかも沙織を除く2名は有栖とは初対面ということになる。

 女性恐怖症である有栖が彼女たちとまともなコミュニケーションを取れるかどうかすら怪しいのに、それに加えてがっつりメンタルを削られているこの状態では、本気で話にならない可能性が高い。


 なんとかして有栖の気持ちを切り替えさせなければ……と考えた零は、咳払いをすると共に顔を上げ、彼女の顔を見た。

 その視線に気が付いた有栖がびくりと反応する中、零は穏やかかつ悪戯っぽい口調で彼女へと言う。


「本気で俺は昨日のことなんて気にしてないけどさ、有栖さんがどうしてもって言うのなら、ここの代金を持ってもらうことで手打ちってことにしない? それで、この話はお終いってことで、どう?」


「え……? そ、その程度のことで、許してくれる、の……?」


「俺にとっても今回の炎上はその程度のことってことだよ。それともなに? 有栖さんも喜屋武さんみたいに何でも言うことを聞いてあげる権利とかくれちゃうわけ? おっぱい揉んでもいいよ~! とか言ってくれるの?」


「……零くんのえっち。配信でめいとのみんなにバラしてやる」


「わー、それはタンマ! 流石に言い過ぎた、ごめんごめん!」


 軽くおどけた台詞を口にしてみれば、有栖がジト目になってこちらを睨みながら最強の脅し文句で対抗してきた。

 あっさりと白旗を上げ、逆に謝罪する側になった零は、有栖とお互いに視線を交わらせた後、同時に噴き出して笑い合う。


「ふはっ! そんじゃ、今の発言を秘密にしてもらうってことも含めて手打ちってことで! それでどう?」


「ふふふ……! うん、いいよ。あんまりうじうじしててもしょうがないし、この後の話し合いに悪い影響が出てもよくないもんね」


 沈んでいた表情が一気に明るくなり、可愛らしい笑みを浮かべるようになった有栖を見つめる零は、これでもう大丈夫だろうと胸を撫で下ろした。

 気持ちを切り替える区切りを与えさえすれば、有栖はきっとすぐに立ち直れる。なにせ彼女は、なのだから。


「……零くん、ありがとうね。またフォローしてもらっちゃったね?」


「ん? ……俺は別に何もしてないよ。それにまあ、仮に有栖さんがそう思ったとしても、それが俺の仕事みたいなものなわけだし? 気にしなくていいんじゃないかな?」


「ふふふ……! そうだね。何度も気にしてたら、それこそ毎日零くんにご飯を奢らなきゃいけなくなっちゃうしね」


「あ、それいいかも。食費が浮いて助かるわ~!」


 普段通りの雰囲気で会話が出来るようになった有栖と楽しく話をしながら、コーヒーカップをテーブルの上に置く零。

 有栖が料理を食べ終え、ひと段落ついたことを確認した彼は、椅子から立ち上がると彼女へと言った。


「さ、そろそろ行こうか。2期生コラボの会議に遅刻するわけにもいかないし、余裕はいくらあっても問題ないでしょ!」

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