あちらを立てれば、こちらが立たず



「『お疲れ様でした。三瓶さんのお陰で配信も盛り上がって、凄く良かったです』っと……よし!!」


 配信終了後、スイへとメールを送った零は、自身の完璧なムーブを自画自賛していた。


 今回の配信では言葉少なながらもスイとの会話は出来ていたし、リスナーたちからも彼女の態度に対する批判の声も殆ど出てこなかった。

 事前の情報収集のお陰でもあるが、彼女の歌の技術と自身のキャラクター性が上手く融和したお陰で炎上を避けるどころか大成功といっても過言ではない配信が出来たことに、零は満足気な笑みを浮かべて何度も頷いている。


「これでファンたちからの信頼もある程度は回復しただろうし、三瓶さんも俺のことを多少は頼りにしてくれるようになっただろ。あとは、三瓶さんがどうして無口なのかっていう理由を突き止めねえとな」


 スイの炎上への対処は出来たし、同時に彼女からの信頼を得て、他の2期生たちとのクッションになるという薫子からの頼みも達成出来た。

 だが、これはあくまで第一歩であって、ここからスイの事情についてを彼女から聞き出さねばならない。


 どうして、歌配信しかしないのか? その配信やコラボ配信でも滅多に口を開かないのか?

 歌を歌いたいだけというのならば、それこそVtuberになる必要なんてなく、どこぞの芸能事務所に所属して歌手としてデビューすればいいだけの話だ。

 スイの実力ならばそれも問題なく出来るだろうし……と考えたところで、零はもう1つの知るべき事柄があることに気が付く。


「三瓶さんの、夢……それを知ることが出来れば、この問題の解決の糸口になると思うんだけどな……」


 有栖や沙織のように、スイにもVtuberとして叶えたい夢があるはずだ。

 それを知ることさえ出来れば、彼女が無言を貫く理由にも見当が付くかもしれない。


 だがしかし、そうなるとやはりVtuberとしての活動の根本にあるという行為を進んでやろうとしない彼女の行動には違和感がある。

 先の自分とのコラボでは口数こそ少なかったものの割と普通に話せていたわけだし、人見知りだとか日本語が不自由だとか、そういったことが原因で喋ろうとしないわけではないようだ。


 考えれば考えるほどに矛盾が生まれるスイの言動に頭を抱えた零は、一度その考えをすぱっと切り替えた。

 情報が少ない今の段階であれこれ悩んだところで意味があるとは思えないし、正しい答えに辿り着けるかすらも怪しい。

 考えるのは、悩むのは、スイからある程度の事情を聞き出してからにした方がいいと、そう考えなおした彼はSNSアプリを起動し、先の配信を視聴していたリスナーたちの反応を確認し始める。


「よしよし、反応は上々だな。所々に三瓶さんの言動に納得してない奴がいるが、まあ許容範囲だろ」


 蛇道枢とリア・アクエリアスのコラボ配信はやはり好評で、彼女の意外な一面が見れたり、枢の持ち味であるフォロー力が遺憾なく発揮された内容にリスナーたちも満足してくれたようだ。

 無論、なんであの反応を愛鈴とのコラボ配信で見せなかったんだという意見もちらほらと見受けられたりもするが、炎上中のバッシングだらけの状況と比べたら圧倒的にマシというやつだろう。


 少なくとも、今回の配信でリアが炎上する理由はほぼ無い。

 先の炎上で付いてしまったマイナスのイメージもある程度は払拭出来ただろうと、自分の策が上手くいったことに安堵していた零であったが――


「おろ? なんか妙なメッセージが届いているような……?」


 通知のアイコンが表示され、そこに一部分だけ書かれているファンからのメッセージを目にした零が、若干の嫌な予感を覚えながら呟く。

 恐る恐るそのアイコンをタップした彼が目にしたのは、なんだか既視感がある内容のメッセージであった。


【枢! 芽衣ちゃんを捨てるのか!? さっき配信で寂しがってたぞ!!】

【もしかして芽衣ちゃんと喧嘩したんですか!? それでリア様に鞍替えするつもりなんですか!?】

【くるるん……お前なら芽衣ちゃんを幸せにしてくれると思ってたのに……残念だ】


「あれぇ……?」


 メッセージを確認すると共に頭痛を覚えた零は一度スマートフォンを机に置くと、今度は本当に頭を抱える。

 ぺちぺちと右手で頭頂部を叩き、内側からガンガンと響く謎の痛みに耐えながら思考を深めた彼は、どうしてこうなったのかという理由を必死に推理していった。


 おそらくは、自分とスイがコラボ配信をしている最中に、有栖(羊坂芽衣)も単独で雑談なりなんなりの配信を行っていたのだろう。

 そこで同期のコラボ配信に触れ、それに対してちょっとだけ寂しいなどという感想を口にしてしまった結果、その発言を曲解したファンたちが自分の下に押し寄せてきたというのが大方の流れだ。


 まさか、スイが炎上しないように気を払い続けていた自分の方が燃えるだなんて想像していなかった零は、今も尚送られてきているであろうからのメッセージを想像して大きな溜息を吐く。

 あちらを立てればこちらが立たず、という言葉が頭を過ぎる中、ストレスでキリキリと痛み出した胃を押さえた零は、実に疲れ切った表情で今の正直な心境を愚痴として吐露した。


「同期って、めんどくせえ……!!」

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