リア・アクエリアス



「その通りだよ。しかも割と本格的な炎上。笑い話にならないパターンのやつだ」


 零の質問に答えながら、大きな溜息を吐く薫子。

 そんな彼女の気だるげな様子に苦笑を漏らした零は、頭の中でスイの分身である『リア・アクエリアス』についての情報を纏めていった。


 リア・アクエリアス……その名が示す通り、モチーフとなった星座はみずがめ座。

 白く透き通る雪のような肌と煌く長い銀髪が特徴的であり、その2色に青系色のカラーリングで纏めた衣装をまとった彼女の姿は雪の女王を思わせるクールかつ優美な雰囲気だとファンからの好評を得ている。


 だが、彼女が持つ最大の武器は外国のお姫様を思わせるその容姿ではない。

 圧倒的かつ、絶対的な歌声こそが、ファンたちがリア・アクエリアスに魅了される最大の要因だ。


 静かでありながらよく通る彼女の美声によって紡がれる歌は、多くの人々の心を掴んでみせた。

 リア・アクエリアスといえば、2期生だけでなく【CRE8】所属タレントの中でも1番の歌声を持つのではないかと語るファンも少なくはない。


 そんな風に、歌というパフォーマンスを武器に熱狂的なファンを抱えるリア・アクエリアスであったが、彼女の活動方針はあまりにも尖り過ぎているということで、一部のファンからの反感を買ってしまってもいた。


 しないのだ、歌に関わることしか。

 彼女はそれ以外の活動をほぼほぼ行っていないのである。


 零や有栖だけでなく、多くのVtuberがしているような、雑談やゲーム実況といった配信を彼女は絶対にしない。

 この3か月でリア・アクエリアスが行った配信の9割が歌枠であり、その際にも淡々と歌い続けるだけで歌と歌の間に雑談を入れることすらしないのだ。


 確かに、彼女の歌に関する技術は素晴らしい。歌枠の配信には多くのファンが駆けつけるし、この3か月の間に投稿された『歌ってみた』動画の再生数もかなりのものを誇っている。

 だが、しかし……その尖り過ぎている活動方針が彼女を伸び悩ませていることは、誰の目に見ても明らかだった。


 そして今、そういった彼女の活動方針に加えて、ある要素が原因となって、リア・アクエリアスは炎上してしまっている。

 最近話題になっているために零もその情報は小耳に挟んでおり、それを確認するために彼は薫子へと再び質問を投げかけた。


「無口……っていうか、ほぼ無言でしたよね。コラボでも、あんな感じだったんですか?」


「ああ、そうだよ。お陰でファンたちもカンカンさ」


 頭の上でぱっぱっと手を開き、そこから湯気が出ている様子をジェスチャーで表す薫子。

 その答えを聞きながら後頭部を搔いた零は、改めてスイことリア・アクエリアスの炎上についての情報を整理していく。


 今より数日前、リア・アクエリアスは2期生メンバーの1人であり、零がまだ顔を合わせていないVtuber『愛 鈴メイ・リン』とコラボ配信を行った。

 リスナーたちから質問を募り、それに2人が答えていくラジオ方式の雑談配信を行おうとしたらしいのだが……問題となっているのは、その配信内におけるリアの態度だ。


 基本、なにも喋らない。愛鈴に話を振られたら一言二言は言葉を発するものの、それ以外は相槌すら口にしないという、徹底的な無言を貫いてしまったのである。

 この態度に、配信を観ていたリスナーたちは激怒した。特にチャンネルの主である愛鈴のファンたちの怒りは相当なもので、折角のコラボ企画を潰して楽しいのかと、配信中にも関わらず、リアへの批判コメントが多く寄せられたそうだ。


 当然、この行為に関しては擁護のしようがないくらいに彼女が悪く、雑談配信なのに喋らないというプロにあるまじき行為を取った彼女に問題があるというのは間違いがないのだが……そう簡単に話が終わらないのがこのVtuber界隈というものの厄介なところなのである。

 このリア・アクエリアスの態度に対して、一部のファンが無理な擁護をし始め、彼女を攻撃する者たちと争い始めたのである。


 リアが全く喋らないことはこれまでの活動や配信を顧みれば明らか。そんな彼女をゲストとして迎え入れたのに、上手く扱うことが出来なかった愛鈴が悪い、というのが彼らの主張だ。

 なんだその無茶な理屈はと誰もが言うだろうが、この意見を声高に主張している者たちは全員が本気でそう言っているのだから質が悪い。

 結果、そういったファンたちのぶつかり合いによって更にこの問題はヒートアップし、リア・アクエリアス派のファンと愛鈴派のファンによる抗争は今も尚続いているそうだ。


「沙織を含めた3人コラボの時はまだなんとかなったんだけどねぇ……2人きりになると、あの子の無口さがどうしても浮き彫りになってしまう。それがスイが抱えてる大き過ぎる問題点なんだよ」


 零と有栖が欠席したコラボの際には、そういった部分を上手く沙織がフォローし、愛鈴と2人で話を回していたらしい。

 【SunRise】でもセンターを務めていた彼女の手腕が如何に素晴らしかったかが理解出来るエピソードだが、残念ながら今の薫子にはそのことについて語っている暇はないようだ。


 喋らない。歌うこと以外に手を出さない。コラボに臨んだとしても非協力的。

 問題を起こし、そういった目で見られるようになってしまったスイことリア・アクエリアスとの初顔合わせを思い返し、彼女の無口っぷりを再認識した零は、腕を組みながら叔母へとスイのことを色々と尋ねてみた。


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