へびつかい座の母親は、放火犯です


【匂わせ助かる(くるるんは助からない)】

【¥5000】『くるめい過激派さん、から』

【おい! それってよぉ! ペアルックってやつじゃねえのかYO!!】


 自分の新衣装の全く同じラッシュガードを芽衣が着ていることに愕然とする零を尻目に、コメント欄は過去最大の勢いを見せていた。

 臭わせだのくるめい最高だのやっぱり2人は付き合ってたんですねだの、好き勝手に騒ぐリスナーたちの反応から立ち上る炎を感じ取った零は、大急ぎで全てを知る人間である梨子のミュートを解除し、通話に復帰させる。


『――もしも~し? あれ? 自分の声聞こえてる? 枢~? 自分の可愛い坊や~? マイサ~ン! ママを無視しないで~!!』


『……母さん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?』


『え? なに? なんか急に敬語使われると怖いんすけど……?』


 ミュートが解除されるや否や、先程までのエモい雰囲気とはかけ離れた怒気を感じさせる零の声を耳にした梨子は、平常運転であるクソザコメンタル化すると共にPCの前で大きく身震いした。

 そんな彼女へと、配信画面に映る羊坂芽衣と蛇道枢の姿を見せながら、2人が同じデザインのラッシュガードを羽織っていることについて、零が詳しい事情を問い質す。


『これはどういうことなんですかねぇ? どうして俺の新衣装と同じ服を、芽衣ちゃんが着てるわけ?』


『ああ、これっすね! なんか不意にぴーんと来ちゃって、無理言ってこのデザインを捻じ込んだんすよ!! 丁度芽衣ちゃんの方からも肌の露出を抑えるパーカーの要望が来てたっすから、丁度よかったかな~、って』


『いやいや、あのね……どうしてそんなことしたわけ? ペアルックなんて、明らかにヤバいことになる未来しか見えな――』


『あ、違うっすよ! それはペアルックじゃなくて……ほら、枢! その服じゃなくて、Tシャツ衣装になるっす!』


『はぁ~……』


 もうここまで来るとヤケクソだった。

 どうせ結末は変わらないのだからと、デザインを担当した梨子に言われるがままに素肌にラッシュガードの立ち絵から上着を脱ぎ捨てた明るい色合いのTシャツだけを纏った蛇道枢の立ち絵を零が表示してみせれば、芽衣と並び立つ息子の姿を目にした梨子が、とても無邪気で嬉しそうな声で自分の思惑をこの配信を観ている者たち全員に告げる。


『ほら! これだと彼シャツならぬ状態になるでしょ!? ちょっと大きめの彼氏の服を着る小さくて可愛い彼女! いや~、この絵面を思い付いた時、自分は自分が天才だと確信したっすね!!』


『……なるほど、そういうことね。つまりあれか、母さんはこの状態が良い方向に働いてくれると思っていると……?』


『え? あ~……うん、大丈夫、っすよね? あれ、なんか自分やっちゃったっすか?』


『……コメント、見てみれば?』


 ペアルックであると同時に、彼女に自分の服を着せる彼氏ムーブを息子にさせるという行為を勝手にやらかした梨子は、想像していなかった零の反応に若干の怯えを抱きながら配信のコメント欄を確認した。

 そして、色んな意味で盛り上がっているリスナーたちの声が凄まじい勢いで飛び込んで来るその様子に、彼女は口からすかすかの吐息を吐き出す。


【確かに天才的な発想だが、それは天災的な被害をもたらすな、主に息子に】

【わりぃ、俺、死んだ……¥30000】『くるめい過激派さん、から』

【¥30000】『くるるんと芽衣ちゃんの結婚式資金を提供したいさん、から』

【↑餌付けしたい奴がグレードアップしとるwwwスパチャ額も馬鹿高くなってるぞwww】

【しゃぼんがマジですまん……詫びスパチャするから許してくれ……¥5000】『怠惰の悪魔の契約者さん、から』

【ばっきゃろうしゃぼんお前よくもこんなことをやりやがったな俺だって枢に彼パーカーとか彼シャツとかしたいしされたいのになにやってくれてんだでも芽衣ちゃんが相手ならOKです¥10000】『Pマンさん、から』

【初新衣装お披露目配信でも炎上かぁ~流石は枢だな~!】

【SNS確認してきました。ガチ恋勢が嫉妬してました。現場からは以上です】


『ッスーー……み、みんなからお小遣いたっぷり貰えてよかったっすね! いや~、ここまで喜んでもらえるだなんて、本当にデザインした甲斐があったな~……!!』


『母さん、俺のSNSアカウントに現在進行形で送られてるDMの内容を読み上げてみようか? リプライの朗読でも構わないけど、どうする?』


『あ、あの……大変申し訳ないんですけど、私の方にもそんな感じのメッセージが送られてきてて……』


『ッスーー……ちなみに、どんな感じのメッセージなんすかね?』


『母さんの想像通りの内容だよ。こう言えばわかるでしょう?』


 大半がガチ恋勢からの嫉妬だぞと、暗に母親へと告げる零。

 おそらくは、自分の新衣装デザインを描き上げた深夜テンションのせいで芽衣の衣装に蛇道枢のパーカーを追加するという暴挙に出たであろう母の反応を伺って口を閉ざし続ける彼の前で、梨子は予想通りのリアクションを取ってみせる。


『ご、ごめんなさ~い! いや、こんなことになるとは思ってなくって……! 正確にはテンションのままに動いちゃったから一切思考とかしてなかったんすけど、公式が許可してくれたからOKかな~って思っちゃってた節がありました~!』


『あ、あは、あはは……あの、薫子さんもスタッフの悪乗りに気が付かなかった自分のミスでもあるって言ってたから、全部が全部柳生さんの責任だとは思ってないみたいだけど……枢くん的には、どう思う?』


『……おい、お前らの中に親子関係を切る方法を知ってる奴っているか? 出来たらすぐに教えてほしいんだけど』


『待って~! ママを見捨てないで~っ!! 今度こそ立派なママになるから! もう少し考えて欲望を抑えられるような強靭なメンタルと大人としての責任感を持つから~!』


『弁護士に相談? 役所で手続き? どれから始めた方がいいと思う?』


『ぎゃおおおんっ! 枢坊や~っ! 本格的にママを切り捨てにかからないで~っ! 許して、許して~~っ!!』


『あんたその台詞何度目だ!? 泣けば俺がなんでもかんでも許すと思うなよ!?』


【親子喧嘩(母親が一方的に悪い)草。これ、どっちがママだ?】

【こんな母親で枢も大変だな……】

【詫びチャンネル登録しといたからしゃぼんを許してあげて……】

【完全に芽衣ちゃんが巻き込まれ損という。いや、くるめい厨としては最高の新衣装なんだがな】

【#反省しろしゃぼん】


 壮絶な梨子の泣き声と零の怒声が響く配信のコメント欄では、リスナーたちが爆笑と苦笑を入り混じらせながらこの騒動に関しての感想を口々に述べている。

 なんだかんだで楽しそうではあるが、配信外の方ではそこそこ燃えている零は、まさか母親に放火されるだなんて……と、軽く眩暈を覚えるこの出来事にくらくらとした気分を抱えながら、梨子からの謝罪を受け続けるのであった。




 ……なお、枢と芽衣の炎上自体はそこまで大したことはなかったがしゃぼんに対する批判の声は結構洒落にならないくらいに送られてきたようで、それに心折れた梨子のメンタルケアは、結局零が行ったということもここに記載しておく。

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