蛇道枢、新衣装お披露目配信
それから幾ばくかの月日が流れたある日、普段通りの時間帯に配信が行われようとしている蛇道枢のチャンネルの待機欄では、リスナーたちがその始まりを今か今かと待ち侘びていた。
配信開始前だというのにも関わらずコメントの流れは非常に早く、そのどれもが期待に満ち満ちたものだ。
【新衣装! 枢の水着!! 待ってた!!】
【センシティブ過ぎてBANとかは止めてくれよな~! 頼むよ~!】
【スパチャ砲、発射準備完了! ついでに火炎放射器も準備万端!!】
軽く5桁の人数を超えるリスナーたちが開始を待ち侘びているのは、前々から予告されていた【CRE8】所属タレントたちの夏の水着衣装のお披露目配信。
自分たちの推しである枢にとって初めての、新衣装の公開配信である。
既に2期生を含む大半のVtuberたちがお披露目を済ませ、残りは枢を含めた数名となっている現状で、遂に彼の新衣装がベールを脱ぐ時が訪れた。
どんなモデルの衣装になっているのか? 肌はどれだけ晒してくれているのか? イメージは? カラーリングは? 水着の柄は?
そんなわくわくとドキドキが交差する、楽しみで仕方がないといった気分で蛇道枢の配信の始まりをPCやスマートフォンの前で待っていたリスナーたちの前で、遂に待機画面が切り替わる。
ぱっ、と切り替わった画面に映ったのは、フリー素材サイトで誰でも入手出来る海の背景と、そこに映し出される1人のVtuberの姿。
ただし、その人物はこのチャンネルの主である蛇道枢ではなく、頭に2本角を生やした怠惰な雰囲気の女性悪魔、柳生しゃぼんであった。
『あ~、やっと水着のお披露目配信終わったっす~……他のVたちの水着デザインをやらせた上に配信で水着姿晒せとか、薫子さん悪魔より悪魔ですわ~……こんな破廉恥な衣装を着て人前に出るとか、どんな羞恥プレイなんすか。本気で恥ずかしかった~』
【しゃぼん!? どうしてここに!?】
【あれ、俺チャンネル間違えた!?】
【事前告知無しの親子コラボ配信キターーッ!!】
ホルターネックのビキニ型水着と、大きめのステテコパンツのような下履きを合わせた、ややだらしない印象を覚える水着を纏ったしゃぼんが配信開始早々に疲弊した声で愚痴を零す。
枢の生みの親である彼女の登場という予想外のサプライズに沸き立つリスナーたちがコメント欄で騒ぐ中、彼女は事前の打ち合わせ通りに茶番劇を進めていった。
『仕事はひと段落したけど、ここから夏コミに向けての準備しないとな~……修羅場を超えたと思ったらまた修羅場って、どんな無間地獄っすか……』
【#配信しろしゃぼん】
【折角の水着衣装、着なきゃもったいないぞ!!】
【その衣装は今年あと何回着るんですかねぇ……?】
『だっるいな~、生きるの面倒臭いな~……はぁ、こうやって愚痴ってても仕方がない。ちょっと波に揺られながらお昼寝でもしますかねぇ……よいしょっと』
そう言いながら、画面にビーチマットのイラストを表示したしゃぼんが立ち絵を動かし、その上に乗る。
そのまま海の方へとマットと自分の絵を動かし、波間に揺られているような雰囲気を作った彼女は、目を閉じて寝息を立て始めた。
『すやぁ……むにゃむちゃ……薫子さんの鬼ぃ、悪魔ぁ……ああ、嘘です! だから乱暴はやめてぇ……』
【#目を覚ませしゃぼん】
【どんな夢見てるんだよwww】
【星野社長に対する熱い風評被害、配信終わった後にお説教だな】
キャラクター性を全開にして茶番を進めるしゃぼんに対して、リスナーたちからのコメントが飛ぶ。
そうやって、10秒程度寝息を立てて居眠りした彼女が次に目を覚ますと、配信画面は浜辺の海から沖の方へと背景を変えてしまっていた。
『んが……あれっ!? なんか浜辺遠くない!? え、めっちゃ流されてるんですけど!? どうしてこうなった!?』
【残当、予想出来た結末】
【このまま漂流記の始まりかな……】
【こうしてしゃぼんは海を漂う羽目になった。配信が行われないのも今も海を漂っているからである】
『ヤバいっす~! このまま漂流とか笑えないっすよ~! な、なんとかして陸地に戻らなきゃ! って、あいったぁぁっ! 足つったぁ~!! おぼ、溺れる! 溺れるっ! がぼぼぼぼぼっ!!』
しゃぼんの慌てた声に続いて、大きく水飛沫が跳ねる音と水中に響く泡の音を流せば、彼女が溺れている雰囲気を演出することが出来た。
その状態で演技を続けるしゃぼんは、お得意の半泣きの声で助けを求める叫びを口にする。
『た~す~け~て~! まだ死にたくないっす~! 死ぬにしても大勢の子供たちに看取られながらの大往生がしたいっす~! こんなところで1人寂しく溺れ死ぬなんて嫌っす~!! 誰か~! 誰か~っ! 助けて~!! あぼぼぼぼぼぼぼ……』
ぶくぶくと泡を吐き出すようなしゃぼんの声を最後に、配信画面がブラックアウトする。
そのまま、暫し無音の時が続いたが……やがて、誰かが大急ぎで泳いでこちらに近付いてくる音と、海面へと何かが勢いよく浮上する音が響いた。
ざぱーっ、ざぱーっ、という波の音に紛れて聞こえる、やや荒い誰かの息遣いの音。
ようやく主役がお出ましになったことを予感して期待を募らせるリスナーたちの耳に、期待通りの人物の声が響く。
『母さん、母さん……!!』
『んん? う~ん……あと5分寝かせてぇ……』
『母さん! 寝惚けてないで、生きてるんだったら目を開けなって!!』
『ぐべぇっ!?』
バチィン、というビンタの音が響くと共に、真っ暗闇に包まれていた配信画面が朧気に色を取り戻し始める。
まるで、気を失っていたしゃぼんが意識を覚醒させ、必死に瞬きをしては視界を取り戻しているような……段々と露わになってきた画面の中で、彼女の視点を借りるという演出を用いて、ようやく姿を現した枢が、新衣装と共にリスナーたちの前へと姿を現した。
『あれぇ? 枢じゃあないっすか!! あ、もしかして溺れかけてた自分を助けてくれたのって、枢……?』
『そうだよ。ってかマジで驚いたって。偶々俺がここでバイトしてたからよかったけど、そうじゃなきゃどうなってたことか……』
イメージカラーである赤色のキャップを被り、そこにサングラスを合わせた頭部。
上半身には目立つ黄色のTシャツを着込んでおり、胸の部分には赤色で『CRE8 MARINE SAVER』という文字が描かれている。
下半身にはもう1つのイメージカラーである黒色に、赤色でへびの柄を入れたハーフパンツ型の水着を履いており、そこにビーチサンダルを合わせた蛇道枢の姿が、しゃぼんの視点を借りてようやくリスナーたちの前へとお目見えされた。
【うおおおおっ! 枢の新衣装キターッ!!】
【モチーフはライフセーバーか! 確かに同期の火消しに奔走してる枢にぴったりだな!】
【火属性だけでなく水属性まで手に入れてしまったか……】
これまでの彼の活躍とキャラクター性と照らし合わせても申し分のないデザインとモチーフをした水着衣装の出来に感激するリスナーたちは、その感想をコメントに次々と打ち込んでいる。
中には当然の如くスパチャを送ってくる者もおり、しゃぼんの茶番から続く親子共演に視聴者たちは大盛り上がりだ。
『……はい。ということでね、しゃぼん母さんに協力してもらって新衣装のお披露目配信をやっていこうと思うんですけれども、まだまだ紹介したい機能やよく見せたい部分もあるんでね、茶番はここまでにして、本格的なお披露目をさせてもらいま~す』
【股間を見せて! あの子の股間が見たいわ!!】
『は~い、明らかにヤバいコメントは無視するぞ~! 取り合えず画面切り替えるんで、ちょっとだけ待っててな~! 母さんもちょっと待機でお願いしま~す!』
『了解っす! いや~、息子の晴れ姿を特等席で観れるだなんて、Vtuberのママやってて本当に良かったって思えるっすね~!!』
母親との会話を流しながら、配信第2部の準備を行う零。
その間をトークで繋いでくれている彼女に感謝しながら画面を切り替えた彼は、新衣装を纏った蛇道枢の立ち絵を表示すると、意気揚々とその解説を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます