ライブ後、ホテルにて
「悪かったわね、祈里。ライブを滅茶苦茶にしちゃって……」
「いえ……仕方がなかったと、私は思っています。多分、他のみんなも、ファンの方々も、そう思っているでしょう」
都内、某ホテル。
李衣菜の慟哭によって突然の終わりを迎えた【SunRise】のデビューライブから数時間経った頃、彼女たちはホテルにて休息を取っていた。
精神的に動揺が激しかった李衣菜は部屋で休みつつ、様子を見に来てくれた祈里へと自身の失態を詫びる。
同時に、この部屋に存在するもう1人の人物へと視線を向けながら、彼にも謝罪の言葉を述べた。
「あなたも、ごめんなさいね。折角ライブに来てくれたのに、あんな醜態見せちゃって……しかも、私のせいで各方面から叩かれてる真っ最中でしょう? 人のことを心配してる余裕があるの?」
「最初からそうなると思ってたんで、何の問題もないっすよ。っていうか、そもそも小泉さんをああしちゃったのはどう考えても俺なわけで、むしろこっちが謝んなきゃなんないっつーか、なんつーか……」
そう、謝罪の言葉に対して謝罪で返しながら、零が申し訳なさそうに頭を下げる。
その様子にくすりと僅かに頬を緩ませた李衣菜は、即座にその笑みに自嘲の色を浮かべて顔を伏せた。
深くまでベッドに腰かけ、顔を両手で覆った彼女は、この夜の自身が犯した失敗に思いを馳せ、とても大きな溜息を吐く。
「別にあなたが謝る必要なんてないわよ。どんな状況でも、心を乱さずにパフォーマンスをしてこそプロってものだし……あんなことで泣き喚く私が悪いってのは間違いないから」
「……でも、私は良かったと思います。きちんと、李衣菜さんの口から沙織さんへの想いを聞けて、本当に良かったと思いました」
「……随分と恥ずかしいことを言っちゃったけどね。でも、あれが私の本心なんだってことは、今更疑う余地もないわ。ホント、何やってんだかって感じよ」
ライバルだと、馬鹿だと、ずっと沙織を敵対視しているような風を装っていたが、その実李衣菜は彼女のことをずっと親友だと思っていた。
それは彼女を良く知る周囲の人間からしてみれば口を開かずとも理解出来ていることではあったのだが、それでも李衣菜がしっかりと言葉としてその想いを表明してくれたことは大きい。
何より、頑なだった李衣菜自身が自分の感情を認め、未だに沙織と共に見た夢を忘れずにいるということは、彼女たちの関係性が世間で言われているようなものではないという何よりの証明になったはずだ。
これでようやく、沙織の濡れ衣も晴れる……と、炎上の真っ只中にいる零は、体から若干の焦げ臭さを発しながら微笑み、未だに凹み続けている李衣菜へと励ましの言葉を投げかけた。
「小泉さんが責任を感じたり、罪悪感を覚えたりする必要はないと思います。【SunRise】のパフォーマンスも格段にグレードアップしてて、すげえって思いましたし……こうなった元凶の俺が言うのもなんですけど、失敗ばかりのライブじゃあなかったはずですよ」
「私も、同じ意見です。少なくとも、このライブで私たちの意識は切り替わりました。2年前からずっと抱えていた沙織さんへの未練のようなものが、私たちの中からようやく消え去ったんじゃないかと……私はそう思っています」
「沙織への未練が消え去った、ねえ……ふふ、あなたは強いわね、祈里。私はまだ、そうなるのに時間がかかりそうよ」
ふう、と自分自身の不甲斐なさへとうんざりしたような溜息を吐き出した李衣菜が、顔を上げて祈里を見つめながら言う。
普段は弱さなど見せない彼女が、こうして後輩に弱音を吐くという珍しいことをしている時点で、彼女が如何に弱っているかが理解出来るだろう。
「2年ぶりにあいつと歌ってよくわかったわ。自分が、どれだけあいつに未練を抱いているかって……もう1度沙織と一緒に歌いたい、ステージに立ちたい、そんな思いが振り払えずにいる。自分で言ってて情けなくなるわよ。あいつはもう気持ちを切り替えて新しい道を歩き始めたっていうのに、私だけがこんな風に2年間もうじうじと立ち止まったままだなんて思うとね……」
自分がずっと沙織のことを親友だと認めなかったのは、心の奥底にあった彼女への未練を掘り起こすことを避けようとしていたからなのだろう。
本当は沙織と一緒にアイドルを続けたかったし、世界一のアイドルになるという夢も共に叶えたかった。
2年前に沙織が自分の前から消えてからずっと、宙ぶらりんになったままの夢と自分の中で処理しきれなかった感情が彼女への未練となり、自分の中で大きな重石になっていたことを理解した李衣菜が、本日何度目か分からない溜息を吐きながら自嘲気味な笑みを浮かべていると――
「いや、喜屋武さんが気持ちを切り替えたとか、そんなことないと思いますよ。喜屋武さんの方も小泉さんと同じで、今日、ようやく前を向き始めたくらいだと思います」
「同意します。私も沙織さんは李衣菜さんに未練たらたらだと思ってます」
「……え?」
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