数時間後、談話室にて
「ま、マジで朝から酷い目に遭った……もうHPが底を尽きかけてるんだが……」
「た、大変だったね、零くん。でも、大きな騒動になる前に炎上が収まってよかったよ」
「その点に関しては本当に感謝してるよ。有栖さんもありがとう。俺を庇うツイートしてくれたでしょ?」
「当然だよ。あの噂が嘘だってことはわかってるし、この前みたいにデマ情報が拡散されることは絶対に防がなきゃ駄目だもん」
朝の騒動から数時間後、【CRE8】本社に定期面談をしにやって来た零は、それが終わった後に同じく面談に訪れていた有栖と談話室で話をしていた。
目を覚まして早々に濃い騒動に巻き込まれてしまった零だが、時計が午後の時間を指し示すようになった今現在ではその騒ぎもほぼ鎮まりかかっている。
それもこれも周囲の人たちの迅速な対応のお陰だと、零はその人たちに感謝していた。
「例の動画、アカウントごと削除されてたんでしょ? 事務所の方からコンタクトはした後なのかな?」
「ああ、既にSNSの方でもあの動画で出てる話はデタラメだって声明を【CRE8】の公式アカウントから発表してたし、そこで動画投稿者にもコンタクトを取ったってことも明記されてた。きっと向こうは、俺を叩くはずが逆に叩かれるようになった上に、事務所から接触されてビビって尻尾巻いて逃げたんだと思う」
『蛇道枢=ついすとこぶら』という誤った情報を広める動画が投稿されたことと、それを観たファンたちの間に大きな波紋が広がったことを確認してからの【CRE8】の反応は素早かった。
即座に声明を発表し、所属タレントには前科や後ろ暗い過去がないことを確認した上で採用しているということを明言すると共に、蛇道枢が問題児として知られていた実況者であるという噂を真っ向から否定して、不安を抱くファンたちに安心感を与える。
それと同時に件の動画投稿者にもコンタクトを取り、情報の入手先やソースをどこから得たのかを尋ねつつ、投稿された動画で言及されている情報は誤りであり、直ちに当該動画の削除と訂正を行ってほしいとのメールを送った。
結局のところ、そのメールに対しての反応はなく、問題となった動画もアカウントごと削除されたことで、炎上を引き起こした人物との接触は果たすことが出来なかったわけではあるが……以上の顛末から、ファンたちもどちらの話が正しいのかを理解出来たようだ。
が、しかし、そういった騒動に対するあれやこれやが起きる前から、既にファンたちの間にはこの炎上に対しては様子を見ようという一種の連帯感が生まれてもいた。
それを生み出してくれたのは、零こと蛇道枢と関わった数々のVtuberたちだったのである。
朝の花咲たらばこと沙織の発言もそうだが、そこに加えて有栖が羊坂芽衣として枢をフォローするツイートを投稿したこともファンたちを落ち着かせる要素になってくれた。
更に、以前、零と有栖を巻き込んだ炎上を巻き起こしてしまったVtuberアルパ・マリも界隈全体に向けた注意を配信とツイートで行ったことで、詳しいことも知らずに蛇道枢を叩こうとしていたファンたちは、冷静になって【CRE8】からの発表を待とうという結論に達してくれたようだ。
そうして、勢いやデマに流されずに数時間の冷却期間を置いたファンたちは、迅速に事態を収集させた【CRE8】に賞賛の言葉を送ってくれていた。
これにて『蛇道枢=ついすとこぶら』説という、Vtuberの転生に関わる事件は解決し、この問題自体が巻き起こす炎上は避けられた零ではあったのだが……?
「いやー、マジで喜屋武さんのお陰で助かったわ。ただ、余計なことまでは喋んないでほしかったなあ……」
1つの問題が解決しても、また別の問題が首をもたげてくる。
花咲たらばの朝活配信で語られたエレベーター内での事故については、ファンたちの間で『たらばの南国たわわ事件』と名付けられ、また別の火種として嫉妬の炎を巻き起こしていた。
「本当に大変みたいだね……今も花咲さんのリスナーさんたちからは何か言われてるの?」
「まあ、結構な量が来ておりますですよ。半分はネタだけれども、うちのリスナーも便乗してネタを送って来るから確認が大変なのですわよ。おほほほほほほほ!!」
「う、うわぁ……!!」
情緒が狂っている零の様子から、その大変さを悟る有栖。
ふざけながら半分はネタという情報を告げてくれたわけだが、裏を返せばもう半分は本気で枢を罵倒しにきているメッセージが送られているということになる。
実際に読まずとも、確認せずとも、そういう罵倒のメッセージが来ているという事実だけで結構メンタルが削られることを有栖は理解していた。
だから、このまま零が変になってしまったらどうしようかと彼を心配してみたのだが……それは完全に杞憂だったようだ。
「……ま、デビュー直後の罵倒と引退要求と殺害予告しかなかった地獄絵図と比べたら虫刺されみたいなもんなんだけどな。あの時よりかは数も少ないし、火力も弱めだし、半分のネタの中にはなかなか笑えるものが多くて退屈しないっつーか……」
「あ、そ、そうなんだ……零くん、強いね……」
数秒後、がっくりと項垂れていた状態から顔を上げた零は、ケロッとした表情で有栖へと言う。
瞬間的にメンタルを回復させたというか、切り替えた彼の特技に感心しながら、その心の強さが羨ましいと思いつつ、有栖がお茶のペットボトルに口を付けた時だった。
「おお~? 零くんさ~!! うぉ~い! 何してるの~?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます