第204話「海の国の決戦②」
二本目のHPに突入した〈アスモデウス〉は槍の通常攻撃に加え、水の高位魔法と下半身の魚の尾による薙ぎ払い攻撃をするようになった。
高位魔法は主に三種類あり、
複数の水の刃を生成して放つ〈アクアブレイド・ランページ〉。
指定した範囲に高圧縮した水を叩きつける〈タイダルウェイブ〉。
浴び続けるとスリップダメージを発生させる酸の雨〈アシッド・レイン〉。
初見だと対応が難しい所だが、オレの便利すぎる洞察スキルは、事前に何が来るのか詳細に読み取る事ができる。
水の刃は盾を持った〈騎士〉職が正面から盾で受け止め、高圧縮された水は防げないので、来ると分かった段階で範囲外に皆で全力退避する。
そして上から降り注ぐ酸の雨は、イノリのポーションで即時回復する力技で乗り切った。
薙ぎ払い攻撃に関しては、尻尾を持ち上げる動作でいつ来るのか分かる。
その際は全員接近するのを止め、遠距離から攻撃できるスキルで集中砲火する事を徹底した。
(……少しでも判断を誤ると、その時点で部隊が壊滅する攻撃の数々だ。でもオレの〈洞察〉スキルと、このメンバーなら十分に対応できるッ!)
正に大人数で縄跳びをしている気分だが、今のところ被害はエノシガイオスの騎士隊に数名出たくらいで、それもイノリが支給したポーションで直ぐに立て直している。
やはり飲むのではなく、中身を対象に掛けるだけで効果を発揮するポーションの効果は絶大だ。
魔術スキルでMPが
皆が集中砲火する中、MPを使い切る度に相方のロウからマジックポーションの中身を掛けられながら、やけにハイテンションなシンが高らかに言った。
「ハハハハ! 遠距離は俺の独壇場だ!」
「なんの! DPSではこっちの方が圧倒的に上なのじゃ!」
ミカエルの力で威力が強化されているシンの〈メガアース・エッジ〉が敵の身体を切り裂き、付与魔術と錬金術によって作り出されたイノリ特製の矢が次々に撃ち込まれる。
他にも遠距離攻撃をしている者達はいるが、明らかに二人は突出しており──特に高価な矢をふんだんに消費するイノリが与えるダメージの総量は、遠距離攻撃の中でもダントツで高かった。
勝利しても素材費とか色々と赤字なんだろうな、と思うほどにイノリは敵の弱点である土属性が付与された矢を射続ける。
尻尾の力が抜けて地面につくと、オレ達は突進スキルを使用して一気に接近した。
「行くぞ、クロ!」
「うん!」
オレ達は息を合わせた攻撃で、〈アスモデウス〉の身体に斬撃を与える。
やはりSランクの〈
二本目になって、自分が一撃で数ミリ削るのが限界なのに対し、クロは倍以上のダメージを叩きだす。
(立ち回りも以前よりキレが増してる、これは次に戦ったら勝てるか分からないな!)
並び立つ相棒のさらなる成長を見たオレは、嬉しく思い笑みを浮かべる。
そしてあっという間に〈アスモデウス〉の二本目のHPは、残り半分以下にまで減少した。
「──全体魅了が来ます、妾の後方に皆様避難してください!」
大きく息を吸った敵の動作から、直ぐに察知したラウラが先頭に立って歌う。
だが〈アスモデウス〉は獲物が罠に掛かった時のような、不気味な笑み浮かべると、左手を歌うラウラに向けた。
手のひらに周囲から水が集まるのを見たオレは、敵が魅了を使用しながら上位魔術を発動させようとしている光景に戦慄する。
「不味い〈タイダルウェイブ〉が来るぞ!?」
ラウラは歌っているときは動けない。
正に此方の弱点をついてきた敵の行動に、とっさに対応できる者は誰もいなかった。
シンの最上位魔術は、発動に時間が掛かるため間に合うか分からない。かといってイノリの弓矢では、大型モンスターの行動をキャンセルする程の威力がない。
ラウラの前に出ると魅了の
今からオレが全力で走って、敵の魔術の発動をキャンセルさせる事ができるか?
(いや、今からじゃ間に合わない。こうなったらロウから盾を借りて、無敵防御で受けるしかない!)
時間的にも迷っている猶予はない。
Bランクのカイトシールドを手にする親友に、急いで声を掛けようとしたその時、
何処からかラウラの歌に重なるように、美しくも力強い歌声が広い空間内に広がった。
敵の魅了の歌は、重なった二つの歌によって完全に押し込まれ、遂には完全にその効力を封じられる。
一体誰が、なんて考えるまでもない。
この場にラウラと同じ歌姫は、たった一人しかいないのだから。
そしてその人物──王妃サラは、歌いながら地面を駆けて大ジャンプと共に手にしていた大戦斧を〈アスモデウス〉に振るった。
『Giyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!?』
突進スキル〈ソニックアクス〉が、水の上位魔術を放つ寸前だった〈アスモデウス〉の右腕を深々と切り裂いた。
思いがけない大ダメージを受けた敵は、悲鳴を上げて〈タイダルウェイブ〉の発動が強制的にキャンセルされる。
更に大戦斧を握りしめたサラは、敵の反撃を避けながら舞うように〈アスモデウス〉に赤いダメージ線を刻んでいった。
その姿は正に武闘派歌姫といった感じで、手にしているSランクの武器〈エナリオス〉の攻撃力はクロと同等の威力を発揮する。
劣勢な状況が続き、このままではヤラれると判断したのだろう。
張り付くサラを引き剥がすために〈アスモデウス〉は酸の雨を降らせた。
流石にダメージを受けながらの追撃は、厳しいと判断したらしい。
サラはスリップダメージを受けながら〈ソニックアクス〉を離脱用に使用すると、一気に此方まで退避してきた。
彼女はポーションを頭から浴び、HPと状態異常を回復してオレ達に向き直った。
「遅れてごめんなさい。此処からは私も参戦します」
「はい! お母様がいれば、とっても心強いです!」
ラウラは今にも抱きしめたい衝動を堪え、代わりに力強く頷いてみせた。
此処でサラの参戦はとても助かる。歌姫が二人ならば敵の特殊技を相殺どころか、先程のように封じる事ができるからだ。
実際にこの後は、まるで消化試合をするかのように安定した立ち回りをする事が出来た。
二本目も遂に削りきり〈アスモデウス〉のHPは残すところラスト一本となった。
全員、油断はしていない。
敵がどんな攻撃をしてきたとしても、ここまで温存していた最強の防御スキル〈パーフェクト・プロテクト・コール〉によって、初見の特殊技が来たとしても一度だけなら防ぐ事ができる。
だから追い詰められた敵が、巨大なトライデントを大きく振りかぶる動作を見せても、オレ達は動じる事は無かった。
アレは槍の最上位スキル──〈ヴォーダン・インペイル〉。
貫通属性と武器破壊効果を併せ持つ、冒険者にとっては防御不可能であり必殺の一撃。
冒険者は熟練度100にしてから、〈ストライク・スローランス〉をレベル20まで育てる事で獲得できる派生型のスキルである。
「全員、武器破壊効果が付与された大技が来るぞ! 武器で受けると破壊されるから、標的にされた人は〈パーフェクト・プロテクト・コール〉で身を守るんだ!」
最近の〈付与魔術師〉の仕様変更によって、レベル10の防御付与がされている時のみ使用できるようになった特殊なスキル。
一度使えばクールタイムが発生して、再使用には翌日まで掛かる。しかしその代わりに、一度だけダメージをゼロにできる破格の性能を誇る。
スリップダメージを防げない欠点はあるけど、現在〈アストラルオンライン〉にある最強スキルの一つだ。
全員いつでも発動できるように身構え、敵の動向に注目していると、
オレは〈アスモデウス〉の視線が標的である自分たちではなく、“上の方角”に向けられるのを見逃さなかった。
おい、まさか。
言葉にするよりも、先に身体が動き出した。
シノも気づいたらしく、オレの隣で並走している。
自分達の行動で異変に気付いた仲間達は、守りを固めながらも遠距離攻撃で阻止を試みる。
だが流石に大型のボスモンスターは、多少のダメージでは怯んでくれない。
〈アスモデウス〉は邪悪な笑みを浮かべ、構えた槍に漆黒のスキルエフェクトを発生させると、やはりその先端をオレ達ではなく地上に向け、全力で
解き放たれたトライデントは、大災害のみに与えられた『地形破壊』の効果によって、天井に突き刺さり一気に地上までの大穴を
代償としてトライデントは粉々に砕け散るが〈アスモデウス〉はそれまで唯の飾りと化していた翼を広げる。
目的は誰が見ても明白、夕暮れの光が差し込む地上に向かって飛び立つ気だ。
「行かせるか!」
加速スキル〈アクセラレーター〉で間合いを詰めたオレとシノは、同時攻撃で敵の行動のキャンセルを試みるが、
大きな羽ばたきで生じた烈風を正面から受け、後一歩という所で後方に吹き飛ばされてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます