第178話「天才少女の伸びしろ」

「最っ高の戦いだった!」


「冒険者様の決闘っていうのは何度か見た事あるけど、ここまで凄いのは見たことが無いぜ!」


「オイオイ見てみろよ、最後のヤバい一撃に、まだ鳥肌が止まんねぇよ!」


 剣姫と黒姫の勝敗が決まると、周囲にいる船員達の歓声が船上に響き渡る。

 海の上でこういう娯楽は大好物らしく、みんな口笛を吹いたり、大きな拍手を送ってくれた。


 そんな中で大技を使ったことで、ソラは100秒間のスキル硬直を強いられている。


 最後に使用した〈エアリアル・フリーゲン〉は上位の攻撃スキルだ。


 流石にそれなりのデメリットは発生する。


 剣を振り抜いた状態で固まっていると、風の斬撃を受けて床に倒れていたクロが起き上がり、少しだけムスッとした顔をしてゆっくりとこちらに歩み寄って来た。


 いったいどうしたのだろうかと思って少しだけ身構えていると、彼女は右手の人差し指を突き出して、恨めしそうに半目でオレの頬を軽くつついて来る。


「むぅ、また負けちゃった……」


 指で柔らかく白い頬をツンツンしながら、実に残念そうに呟くクロ。


 これでアリサに続いて、決闘でオレも含めて二人に対して全敗をきっしているのだ。


 彼女からしてみたら、けして面白いものではないだろう。


 こういう勝敗がハッキリしたルールで、負けっぱなしの状態は、そのプレイヤーのメンタルにかなりくるものがある。


 とは言え、いくら全敗しているからといって、手を抜かれるとそれはそれで全く嬉しくないから難しいところ。

 その昔に対戦ゲームで妹のシオに手を抜いた時なんか、逆にこんな手抜きの勝利は嬉しくないわ、と怒られた事を思い出す。


 硬直が解けるとソラは、とりあえず困り顔でクロの可愛らしい八つ当たりを甘んじて受け入れた。


「ちょっぴり悔しい……」


 胸の内を素直に語る少女に対して、オレは少しだけ考えるような素振りをする。


「うーん、強いて言うなら最後のアレは可能なら跳躍力を上昇させる〈飛龍ひりゅう〉で高くジャンプして避けるべきだったかもな」


「そっか、左右がダメなら上に避ければ良かったんだ」


「正面からアレを受けきれるのは、たぶんだけどアリサさんくらいだと思うぞ」


 とっさの判断で正しい正解を選ぶのは、誰だって難しい。


 オレやクロの母親は、過去に学んだ沢山の経験によって最適解ではないにしても最低でも最善を選べるようにしている。


 それを考えれば、まだVRゲームを始めて一年も経っていない彼女が同じことをするのがどれだけ難しい事か。


 先ほどの決闘だって結果的には勝てたけど、最後の風の斬撃をもしも彼女が耐え切っていたら、その後にスキル硬直をかせられて負けていたのはオレの方だ。


 残り三割削られたら負ける状況を、何とかくつがえす為に使用した切り札の一つ。


 正に一発逆転を狙った技なのだから、決まった時に心の内で握り拳を作ったのはここだけの話。


 オレのそんな胸中を知らないクロは両手に握りこぶしを作って見せると、少しだけやる気を取り戻した顔でこう言った。


「今後もママとの実戦訓練、がんばる!」



 天才少女が頑張ると、兄弟子オレはあっという間に追い抜かれるんじゃないかな?



 そんな情けない考えをしていると、船のマストの上に設置されている見張り台が何やら騒がしい事に気が付く。


 チラリと視線を向けてみると、犬耳族の船員の男性が通信用の携帯型の魔石を片手に、元気な声で乗員達に自分が見ているものを教えてくれた。


「〈トリートーン島〉が見えてきました!」


「それは本当かジョー!?」


 通信用の魔石を片手に、見張り台にいる船員に船長のルーカスが嬉しそうな声で尋ねる。


 ジョーと呼ばれた船員は「間違いありません、アレは目的地です」と答えた。


 周囲にいる船員の人達が浮かれ気分になって喜ぶ中で、ソラはクロ達と手すりまで歩み寄り船の進路上にある大きな島を見る。


 おお、遂に海底神殿がある島までやってきたのか。


 遠くに見える島を見ると、これまでの楽しくも地獄のような旅を思い出して、何だか感慨深かんがいぶかい気持ちが胸の内から込み上げてくる。


「〈トリートーン島〉……いよいよなのですね」


「ラウラ……」


 隣に青髪のセイレーンの美しい姫が並び立ち、少しだけ緊張した面持(おもも)ちで、ソラの服の袖を控えめに握る。


 不安な気持ちになるのも仕方ない。


 何せ今までの旅は過程にしか過ぎず、それでいて目的の島に到着するのは、スタートラインなのだ。


 今後を左右する最も大事な場所。


 誰だって不安になるだろう。


 だからこそ、ソラは彼女の手を握って、真剣な眼差しで言った。


「大丈夫、オレがいるから」


「………………はいッ!」


 不安な顔から一転。


 嬉しそうな顔をして、ラウラはソラの手を強く離さないように握りしめる。

 そんな物語のワンシーンを隣で見せつけられた他の三人は、


「むぅ、ソラのばーか」


「ソラ君は相変わらずの天然ジゴロなのじゃ……」


「こ、これは中々なハイレベルね。あの天然な立ち回りで、一体何人の女の子を泣かせてきたのかしら」


 と、それぞれ今見た光景に対する感想を口にする。

 何でそんな事を言われるのか理解できないソラは、ひたすら頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると。


 ムッとした顔をするクロに、軽く脇腹を肘で小突かれた。





◆  ◆  ◆





 〈トリートン島〉に到着したからといって、直ぐに地下神殿に向かうためのダンジョンに潜るわけではないらしい。


 今日は島で一泊。

 翌日の授業が終わり次第、家に帰宅して午後13時以降にソラ達は〈エノシガイオスの洞窟〉に挑む事になる。


 これから思いっきりバカンスを楽しむらしいルーカス達に礼を言って別れると、ソラ達は王族御用達の大きな無駄に豪奢ごうしゃな別荘に案内された。


「おお、いかにも王族って感じがする屋敷だな」


 ファンタジー物ではテンプレのような建物と、ネコ耳族のメイドさん達という実に性癖を刺激しそうな組み合わせ。


 可愛らしいメイドに割り当てられた部屋に案内されて入ったソラは、持ち物のチェックを済ませて次に保留にしていた〈付与スキル〉の選択をする事にする。


 プレイヤーレベル85に到達する事で、オレのスキルレベルは遂に142となった。

 此処からソラが選択できるのは、付与スキルのレベルを上げるか、新しい付与スキルを獲得するか。


 ズラリと並べた既存と新規の付与スキル──モンスターに〈裂傷〉や〈火傷〉等を付与するものを確認して、オレが選んだのは新しい装備付与スキルの〈怯み率上昇付与〉をレベル2まで上げる事。


 更に保留にしていた片手剣のスキルを確認したソラは、新しいスキルの追加がないのを見ると迷わずに〈ソニックソードⅤ〉のレベルを二回強化して〈ソニックソードⅦ〉まで上げた。


 これで速度と威力もだが、何よりクールタイムが短縮されて再使用がより速く可能となる。


 今やるべき事を終えて、ウィンドウ画面を閉じたソラは一息つくと、やたら大きなベッドに腰掛けた。


「ふぅ、やっと半分まで来たのかな」


 いよいよ明日は海底神殿に向かって、そこでラウラの歌姫のイベントを済ませる。


 そして海の国に帰ったら、この旅の締めを飾る〈大災害〉アスモデウスとの決戦だ。


 問題は山積みで、やるべき事は沢山あるし知らない事も沢山ある。


 それでも戦う決意だけは胸に燃やすと、ソラはログアウトしようとして───


 コンコン、と扉がノックされる音に意識を引っ張られる。


 感知スキルで、誰がいるのかは見なくても分かった。


 入って良いよ、と言うとクロとイノリが少しだけ申し訳無さそうな顔をして、部屋に入ってくる。


 全く、寂しがり屋共め……。


 苦笑したソラは、仕方なく今日は彼女達と一緒にログアウトする事にした。

 

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