第172話「去年のトラウマ」

 日付が変わって次の日の事。


 シノによって日課となったジョギングとシャワーと朝食の流れを終わらせて、ゲームにログインしたソラ。


 事前に集まるように呼んでいたイノリ、クロ、アリサの三人を前にすると、彼女の前に今回の主役である海の姫ラウラにかたわらに立ってもらい、彼は先ず昨日で確定した今回の旅の目的を口にした。 


「というわけで海底神殿でやる事を終えたら〈エノシガイオス国〉に戻って、王妃にいている大災害〈アスモデウス〉を開放。コレを速やかに撃破するのが、オレ達の今回の旅の最終目標だ」


 突然の話に三人は一瞬だけ呆気にとられるが、ソラの隣で緊張した面持ちのラウラを一瞥いちべつしてすぐに状況を把握。


 みんな首を縦に振ると、快くソラの方針を了承した。


「まーた、ソラ君が主人公力を発揮しているのじゃ」


 イノリは呆れた顔をして、やれやれとお手上げのポーズをする。


「へぇー、ソラちゃんって強い上に典型的なお人よしタイプなのね。クロちゃん、ああいう男の子は、これからもどんどん無自覚に女の子を落してライバルを増やしていくから、しっかりしないと横から思いもしない恋敵が現れるわよ」


 アリサは何やら、今した話と全く関係のない話題をしている様子。


「が、がんばるッ!」


 その一方でクロの返事はオレの言葉に対するものなのか、それとも母親の言葉に対する返事なのか全くわからない。

 少なくとも前者だと信じたいところだが……。


 文字通り三者三様の反応をした女性陣。


 マトモな反応はクロくらいで、他の二人がオレに対して言っている言葉の意味は良くわからないし、頭が理解を拒んでいる。


 というか大災害〈アスモデウス〉に対して、リアクションが全体的に薄すぎるどころか誰も触れてくれない。


 少しは驚いてくれても良いのに。


 これが慣れというヤツか、と内心で思いながらもソラは一応最終確認として聞くことにした。


「あのー、みんな話は理解してくれてるかな? 一応、三体目のレイドボスと戦うことになるんだけど……」


「もちろん、理解しておるのじゃ。アスモデウスというと七つの大罪の一柱、色欲の悪魔じゃの。リヴァイアサン、ベリアルときてアスモデウスということは、他の大災害はベルゼブブとかアスタロトとか来そうなのじゃ」


「アスモデウスといえば、ファンタジージャンルのゲーマーなら知らない人はいないくらいに有名なモンスターね。幻惑の大災害という名前から能力を推測するなら、プレイヤーに状態異常のデバフ攻撃をしてくるのかしら?」


「こ、今回も強そうなモンスターみたいだけど、がんばるよ!」


 冷静に解説と分析をするイノリとアリサの二人。


 その一方で唯一クロは、両手に握りこぶしを作って、緊張した面持ちで気合を入れて見せる。


 言葉にする前から知ってはいたが、この場で反対するものは誰一人としていない。


 みんながすんなりと受け入れている様子を見て、ラウラが隣で戸惑いながらも、不思議そうな顔をする。


 彼女は右手を上げて、恐る恐るといった感じで三人に質問をした。


「あの、皆さんよろしいのですか?」


「よろしいとは何のことじゃ。……は、まさかお主も正妻戦争に名乗りを上げるつもりなのじゃ!?」


「せ、せいさいせんそう?」


 耳にしたことがない謎の名称に、ラウラは思わず聞き返す。


 イノリが律儀にも説明しようとするので、ソラはとりあえずおバカ一号の口を封鎖することにした。


「はいはい、話がややこしくなるからイノリは黙っていようか」


「ちょ、ソラ君なにをもごもご……」


 ヘアカラーだけでなく頭の中もピンク色に染まっているおバカの口を手で塞ぐと、ソラはアリサに視線を向ける。


 この場で唯一の大人である彼女は頷いて、なんでみんながこんなにもすんなりと大災害〈アスモデウス〉と戦うことを受け入れているのか解説してくれた。


「私たちは、そういう強大な敵とは何度も戦ったことがあるの。それも魔王みたいなのから神様みたいな化け物を相手に、一度だけじゃなく何十、何百回とね。

 だから戦うというのは別に、そう特別なことじゃないのよ。他にも社会的な地獄があるけど、こっちは別に言わなくてイイわね……」


「……そ、そうなのですね。天上は神様が管理する場所で、とても平和でこの世の楽園と聞いていたのですが、アリサ様の話を聞いている限りでは地獄よりも恐ろしい場所に聞こえるのです……」


「その表現は間違ってはいないわ。天上は色んな意味で地獄みたいなところよ」


 年長のアリサが言うと説得力がすごい。


 話を聞いたラウラの素直な感想に、ソラも実にその通りだと頷く。


 ちなみに地獄よりも恐ろしい場所というフレーズを聞いて、オレの頭の中に浮かんだのは去年のクソゲーランキングのトップを競った二つのタイトルだった。


 これまでプレイして来た地球の物理法則をことごとく無視する上に、NPCが開幕に障害物を無視してヘッドショットをしてくるのを「新境地の戦術的な仕様」だと公式が断言したFPSVRゲームの〈クリムゾンヘル〉。


 無双ジャンルのゲームなのに、頻繁ひんぱんに出現してくる石ころに触れると確定で転ばされて即死する「最大の強敵は目の前の有象無象うぞうむぞうの兵じゃない、足元の石ころだ」と無双プレイヤー達に新感覚の恐怖を与えた〈残念無双〉。


 バグとかセーブクラッシュは当たり前。

 そのせいで未だにクリア者0という記録を破られずにいる。


 ソラですら一年かけてクリアする事を断念。

 地獄の方がマシと評され、去年でもっともヤバいとVRプレイヤー達を震撼しんかんさせたこの二つのタイトル。


 ああいった代物が出てくるのを考えると、確かに天上───俺達のリアル世界は〈アストラルオンライン〉よりもヤバいところだよなと思った。


 〈アストラルオンライン〉はどうなのかって?


 ゲームとしてはとても面白いゲームだよ。ちゃんと遊べるし重力が仕事してるし……。


「ねぇねぇ、イノリ。ソラが何か遠い目をしてるよ」


「うむ、あれは妾達には救えない目をしておるから、そっとしておいてやるのじゃ」


 失礼なと思いながら、完全に脱線してしまった思考を元の線路に戻すのに、少しだけ時間を必要としていると。



『───船を出すぞ、揺れるから総員すっこけないように気をつけろ!』



 船室に備え付けある通信用の魔石から、船長のルーカスの警告がオープンチャンネルで聞こえる。


 少しだけ揺れる足元の感覚。


 船がいよいよ目的の島に向かって出発したのだと理解して、ハッと我に返ったソラは改めて四人に視線を向ける。


 彼女達は視線を受けて、頷いて見せた。


 いよいよ、海底神殿につながる島に向けて船が動き出す。


 とりあえず〈アスモデウス〉と戦う為には海底神殿の攻略をして、ラウラを立派な歌姫にしなければいけない。

 

 何故ならば天使長の戦いで歌姫も参戦していた事から、何らかの特効的なスキルを獲得できるかもしれないから。


「ふむ、海底神殿か。見たことが無いアイテムを沢山入手できたら嬉しいのじゃ」


「到着するまでに装備を整えておかなきゃね。クロ、後で道具屋を覗きに行くわよ」


「うん、わかった」


 ソラが言わなくても、ここにいるのはクロとラウラを除けば歴戦の強者達。


 何をしなければいけないのかは、みんな分かっている。


 オレが「今日はこれで解散!」と言うと、島に到着するまでに各々準備を始めた。


 さて、海底神殿では何が待ち受けているのか。


 やるべき事は沢山あるけど、今回も目的はハッキリしている。


 海底神殿をクリアして、王国に戻って幻惑の大災害〈アスモデウス〉と戦いこれを討伐する。


 やる事は単純で、実にわかりやすい。

 闘志を胸に、いざオレも剣の強化でもしようかと考えると───



 いつものファンファーレが鳴り響き、アップデートのお知らせによって出鼻をくじかれた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る