第64話「世界の開拓者」

 ギオル達に見送られて、明るい内に拠点から出発したソラ達。

 代わり映えのしない景色の中で、クロが父親のハルトに、この3日間の話を嬉しそうに語るのを聞きながら歩く。

 そして広大な森の中を、かれこれ1時間は進んだだろうか。


 オレは、ふと気が付く。


 感知スキルにモンスターの反応が出た瞬間、敵は回れ右をして逃げてしまう。

 そういった行動をするのは、フォレストベアとかビッグスパイダー等の森に生息しているモンスターだ。

 何故敵性モンスターがそんな行動を取るのか、ソラが疑問に思うとサポートの〈ルシフェル〉が答えた。


〘マスター、イベントモンスター以外は、レベル30以上の差があると冒険者を避けるようになります。今はレベル156のハルトがいるので、レベル126以下のモンスターは逃走します〙


 なるほど、やはりそういうことか。

 今のところ森で遭遇したのは、大体レベル20から30までのモンスターばかり。

 レベル100を越えるモンスターは、今のところ見たことがない。


 つまり今はリヴァイアサンタイプしか、オレ達を襲ってこない状況というわけだ。


 モンスターとエンカウントしなくなってスムーズに進むのは良いが、これはこれで少々物足りなさを感じる。

 見慣れた森の中を歩きながら、ソラはただのピクニックをしている気分になった。


「そういえばパパは、何でプレイヤーネームの横が〈冒険者〉じゃなくて〈UNK〉なの?」


「ああ、これの事か。これは俺達の推測なんだが、この世界に取り残されたベータプレイヤーは、正規プレイヤー達とは別の存在だからだと思う」


「別の存在?」


「言うならば、ベータプレイヤーは招かれざる客だ。〈アンノウン〉になっているのは、世界が想定していなかった居残りの俺達に対する、暫定的な対応なんだと思う」


「あー、なるほど」


 その発想に、オレは納得した。

 言われてみると確かに、この世界はアップデート時にはログアウトしていないと、容赦なく一回プレイヤーを殺す程に厳しい。

 ふと疑問に思ったソラは、クロの横に並んで彼に質問をする事にした。


「そういえば、ログアウトができない状況で、アップデートが来たらどうするんですか」


「そこはNPCと一緒だな。テントを使えば、アップデートの即死ペナルティはやり過ごせる」


「ふむふむ、他には一般プレイヤーとの違いとか分かります?」


「違いか……ショップでは、一応プレイヤー扱いはしてもらえてるんだけど、クエストとかは受けられないって感じかな。基本的にレベル上げと資金稼ぎは、モンスターを倒すしかない」


「クエストを受けられないのは、中々にシビアですね」


「不便ではあるけど、探せば稼ぎの良い場所はいくらでもあるからな」


 苦労したよ、と言って苦笑するハルト。

 ソラは彼にもう一つ質問しようとすると、そこでタイミング悪く『ピコン』という音と共に、一つのメッセージが届いた。

 誰かと思って見てみると、それは妹のシオからのメッセージだった。


 一体どうしたのだろう。


 もしかしたら、リヴァイアサンを討伐する事に成功した報告かも知れない。

 そんな事を思いながらメッセージを開こうとすると、ルシフェルが気を利かせて、先にメッセージを表示する。

 そこに書いてある内容は、一言だけだった。


『ぼすがつよいたすけて』


 彼女に知られたら怒られるけど、思わず笑ってしまう。

 カタカナと漢字にすら変換されていない、小学生が打ったかのような文章。

 これから推測するに、どうやらシオ達はリヴァイアサンに相当苦戦しているらしい。


「でも困ったな、流石に此処から精霊の村までは、かなり距離があるぞ」


「走っても間に合わないね」


「流石に俺にも、どうにもならない距離だな」


「これは困りましたね」


 ここから〈リヴァイアサン〉戦に向かうのは、全員無理だという見解で一致した。

 ソニックターンが使えない今、例え手元のクッキーを全部消費したとしても、間に合わないだろう。

 仕方ないので、ソラは『ごめん間に合わない』と打とうとすると。

 感知スキルに、一つのプレイヤー反応。

 しかも迷わずに真っ直ぐ此方を目指して、とんでもない速度で向かってくる。


「ッ!」


 木々の間を高速で抜けて、向かって来る者は、フォレストウルフに跨っていた。

 いや、以前にアリアに襲い掛かっていた個体よりも一回り大きい。

 ソラの疑問に、洞察スキルを併用したルシフェルは警告した。


〘アレはフォレストウルフの上位種、フォレストハイウルフです。レベル40。ステータス共にマスターが以前に戦った個体とは別格の強さです〙


 しかもプレイヤーは、驚くべき事に25とオレの恩恵でレベルアップしまくっているクロに迫る程の高さだ。

 そんな高ランクプレイヤーが、真っ直ぐに向かってくる。

 迎撃するか迷ったオレは、ウルフの背に乗っている人物が細剣を手にした事で戦うことを決めた。

 腰に下げている〈白銀の剣〉に手を掛けると、タイミングを見計らい〈ソニックソードⅢ〉を発動する。


 対して敵は、細剣カテゴリーの初期スキル〈リニアピアス〉を発動。


 真っ向から直剣と細剣はぶつかり、付与枠を全て攻撃力上昇にしているソラの攻撃は、敵の勢いを完全に抑え込む。


「ハッ、これを一回で止めちまうか。やっぱりオマエは最高だぜ!」


「その声は……!?」


 刃を交えて、このままだと押し負けると思ったのだろう。

 何にも指示が出されていないのに、ウルフがバックステップして、背に乗せた主ごとオレの間合いから離脱する。

 少し離れて、相対するように立つソラとウルフに乗った細剣使い。

 警戒したハルトとクロが剣を抜こうとするが、ソラはそれを左手を上げて制した。


「ソラ君?」


「ハルトさん、相手はプレイヤーです。決闘以外でダメージは受けないので、剣を抜かなくても大丈夫です。それに……彼は敵じゃありません」


 今の一撃を止めれるかどうか、試されたのだろう。

 細剣を鞘に収めると、青いセミロングヘアの人物はウルフの背から降りる。

 そしてウルフに待機するように指示を出すと、ゆっくりこちらに向かって来た。


 細い、まるで少女のような容姿だ。

 身長は160くらい。

 顔立ちは美しく整っていて、芯の通った強さを感じる瞳で、此方を見据える。

 身につけているのは、青いバトルドレス。

 見たところ、自分やクロと同じ軽量重視のスタイルだ。


 パッと見は、誰が見ても女の子だと思うだろう。


 以前にも彼が、似たようなキャラを作成して使っていたのを知っているソラは、わざと女性に寄せているその姿に呆れた顔をした。


「相変わらず、女装するのが好きなんだな」


「ああ、美を追求する事と、おまえのハートを射抜くことが俺様の人生のテーマだぜ」


「おいやめろ、男と付き合うような趣味はオレにはない」


 歩み寄り、自然に腕に絡みつこうとする青髪の少年を、ソラは嫌な顔をして避ける。

 そう、コイツはこんな姿をしているけど、正真正銘の“男の子”だ。

 額に汗を浮かべて距離を取るオレに、青髪の少年は、くすりと笑った。


「ハッ、冗談だよ。でもオマエとなら、付き合ってやっても良いと思ってるのは本当だぜ?」


 その言葉に、なんだか危険を察知したクロはハルトの側を離れて、ソラの隣に並び立つ。

 彼女は青髪の少年に警戒するような視線を向けると、こう言った。


「ソラのパートナーは、わたしだよ!」


「あん? 誰だと思ったら〈黒姫〉じゃねぇか。あの他人と関わろうとしないお姫様が懐くとは、流石に俺様も驚いたぞ」


「むぅ、貴方誰なの?」


「これは失礼。俺様としたことが、旧友との再会にテンション上がりすぎて、挨拶を忘れちまってたか!」


 楽しそうに青髪の少年は笑うと、ドレスの裾をつまみ上げ、クロ、アリア、ハルトにお手本のような綺麗なお辞儀をする。


「自己紹介をしよう。黒姫、精霊と妖精の姫君、“ベータテストプレイヤー殿”。俺様は〈宵闇よいやみ狩人かりゅうど〉の団長、ヨルだ」


「おまえ、なんでハルトさんがベータプレイヤーだって知ってるんだ……!?」


 びっくりして、尋ねるオレに対してヨルは人差し指を口元に当てると、楽しそうに微笑を浮かべた。



「俺様は〈世界ワールド開拓者パイオニア〉だ。オマエが知っていて、俺様が知らないことは無いんだぜ?」


 

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