第50話「クロの貢献」
ジェネラルを苦戦の末に倒したソラ達は基地に戻ると、一度ギオルの執務室で話をする事になった。
執務室の大きな椅子に腰掛けるギオルは、安堵して大きく吸った息を吐き出す。
「あのジェネラルを相手に、私の片腕を失うだけで勝ったなんて、未だに信じられません」
その表情はジェネラルが出現したと聞いた時よりは、大分柔らかくなっている。
過去に彼等の先祖がジェネラルと戦った時は、レベル20以上が20人いて半数以上もの戦死者が出たと、副官の人から聞いた。
対して今回は、レベル20以上はオレとクロの二人だけ。
もしも自分がギオルの立場なら、絶望的過ぎる状況に、気が気ではなかっただろう。
だから、安心した彼の今の気持ちは、良く理解できる。
しかし、それと同時に申し訳ない気持ちになってしまう。
ジェネラルの刺突スキルに切断されたギオルの右腕は、消滅して肩から先が無くなっている。
つまりNPCに部位欠損が生じた場合は、回復する事ができない上に、永久にそのままなのだ。
兵士である彼にとって、片腕を失うというのは致命的である。
だから今後、ギオルが戦場に立つことはできないだろう。
「すみません、オレが防衛ラインを突破されたから……」
自分の詰めが甘かったが故に、アリアを危険に晒して、ギオルが片腕を失うことになってしまった。
責任は、どう考えてもオレにある。
ギュッと唇を噛み締めるソラ。
そんな彼を見て、ギオルは否定するように首を横に振った。
「ソラ様、これは私の未熟が招いた結果です。部隊をもっと上手く指揮できていれば、あそこまで踏み込まれる事はありませんでした」
「いえ違います、ジェネラルの刺突攻撃は、ソラ様はちゃんと避けるよう警告してくださりました。全ては恐怖に負けて動けなくなった、わたくしにあるのです!」
ソラとギオルの間に割り込み、泣きそうな顔をするアリア。
ギオルは、苦笑すると諭すように彼女にこう言った。
「私が姫様の年の頃には、ポイズンビーですら恐ろしくて、ビビっていたものです。そんな貴女が、リヴァイアサン・ジェネラルを目の当たりにすれば、恐怖で動けなくなるのも仕方のない事」
「ギオルさん、ですが……」
「それに姫様がいなければ、私だけではなく毒によって騎士隊は全滅していました。もちろん、姫様だけではありません。ソラ様、クロ様、姫様のお三方がいなければ、今頃はこの拠点に住む者達は全員亡くなっていたでしょう」
──本当は、オレ達が現れなければ発生することの無かったクエスト戦だ。
しかし、そんなゲームにおけるメタい話しをしても、ただ彼とアリアを困惑させるだけである。
喉元まで出かかった、その言葉を呑み込むと、ソラは口をつむぐ。
ネガティブな雰囲気を和らげようと、ギオルはオレ達に向かって笑いかけた。
「アリア様達は最善を尽くされました。この結果を、どうか私の為にも誇って下さい」
もっと、強くなろう。
心に決めて、ソラは二人と共に、深く頷く。
そしてクエスト『大蛇の奇襲』が達成された通知が来た。
◆ ◆ ◆
レアアイテムの報酬が無いからか、かなりの経験値が入ってきてオレのレベルは31に上り、クロのレベルは24に上がった。
レベルの上がり方が、実に凄い。
さっき3も上がったのに、これで合計4も上がった事になる。
流石は経験値を上昇させる効果を持つ〈英雄の器〉の称号。
英雄街道まっしぐらだぜ。
「そういえば、クロ様が伝授してくださった戦術。見事にジェネラルに通用しましたね」
「うん? ああ、そうだな」
ギオルの言葉に頷くと、オレは今回の戦いで一番の功労者の名を口にした。
「オレ達がほぼ初見のジェネラルを、一人も脱落者を出さないで倒せたのは、冒険者のトップクランの戦術を教えてくれたクロのおかげだな」
「え、うん? わたしは……」
急に話を振られて、恥ずかしくなったのか、クロはしどろもどろになり、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
Tシフト、Aシフト、これらのアストラルオンラインの最先端の戦術を提供したのはオレではない。
全て、クロなのだ。
彼女はソラと出会う前は、ずっとシノの隣にいたから、自然と〈ヘルアンドヘブン〉が実践していた戦術を覚えたとの事。
しかもオレが知らない騎士のスキルまで、その性質とデメリットまで事細かく覚えていたのには、流石に感心したものだ。
その知識が、今回のオレ達を大きく助けてくれたのは間違いない。
何せそれが無かったら、今頃はHPゲージを一本削るのにも、一苦労していたかもしれないから。
みんなの視線を受けて、クロは消えそうな声で言った。
「わたしは、シノ達の戦い方を教えただけだから……」
「でも、ちゃんと戦術の意味も理解していたじゃないか。それは、ただ知ってるってだけよりも、とても重要で大切な事なんだぞ」
「……そ、そうなの?」
「ああ、流石は師匠の弟子だよ。伸び代もまだまだあるし、これはうかうかしてると、オレも抜かれちゃうかもな」
そう言うと、クロは腕に絡みつき、ソラに対して嬉しそうに笑った。
「強くなったら、ソラのパートナーになれるかな?」
「むしろ、こっちからパートナーになって欲しいって、お願いしたいくらいなんだが」
「うん、ソラのパートナーになる!」
「……っ」
満面の笑顔を浮かべる彼女に、不覚にも少しだけ見とれてしまう。
アリアは口に手を当てて「あら〜」と何か楽しそうな顔をして、ギオルに至っては、またしても残った片手で拝んでいる。
ギオルさん、実はアナタこっちの世界の人間じゃありませんか?
そんなツッコミを入れたい衝動がこみ上げてくるが、目を凝らして見ることができる彼のカーソルは、NPCの証である青色だ。
ソラが口を閉じて、二人のなんとも言えない視線を浴びていると、アリアが改まってクロを見た。
「はい、この度はクロ様の知識は大変参考になりましたし、とても助かりました。皇女として、心の底から御礼を申し上げます」
「改めてクロ様、ありがとうございます」
アリアとギオルは、丁寧に深々と頭を下げる。
「え、ふえぇ……」
するとこういった事には慣れていないのか、困惑してどうしたら良いのか分からないクロは、挙動不審になってギオルとアリアを交互に見る。
やがて限界に達すると、彼女はオレの後ろに隠れてしまった。
なんだ、この可愛い生き物は。
背中にぐりぐり頭を擦り付ける感触を、くすぐったく思うソラ。
すると、次のクエストのタイトル【新薬の発見】というのが表示された。
場の雰囲気を変えるために咳払いをしたギオルは、オレを真っ直ぐに見ると、次のクエストの話をする。
「さて、ソラ様。部下からの情報も出揃いましたし、そろそろ神殿に向かっていただこうと思っていたのですが、その前に一件だけお願いしたいことがあります」
神殿の攻略前のクエストか。
いよいよ此方も、終わりが見えてきたな。
そう思っていると、ギオルは予想外のクエスト内容を口にした。
「先程の戦いの最中、実は道具屋の方で古い文献から、毒を中和する薬の作成方法らしきものが出てきました」
「なん、だと……!?」
ソラは、固まった。
説明を聞いただけで分かる。
つまり、アレですよね。
ファンタジーゲームの定番のアイテム。
普通ならば序盤の店にも置いている物。
その名は、
「アイテム名は、“解毒薬”です」
さ、さっきの戦いであったら、すっごい楽だったなぁ。
順番が逆だったら、どんなに幸せな事だったことか。
脱力して、その場でしゃがみ込むと、他の三人は首を傾げた。
「ソラ様?」
「オレの事はキニシナイでくれ、話しの続きを頼ム……」
「そうですか、悩み事とかあったら相談してください。できる限り力になりますので」
「うん、助かるよ……」
露骨に落ち込むオレに心配する親のような顔をするが、ギオルは話しを続けた。
「ただ、文献の解読に時間が掛かるので、明日の17時位に再度来てもらっても宜しいでしょうか」
「あ、時限開放式なんですね」
「時限?」
「クロは初見か。時限開放式クエストっていうのは、決められた日時の時間以降じゃないと開始できないクエストなんだ」
昔のソーシャルゲームだと、プレイヤーを同時進行させるために使われたりする手法である。
まさかVRゲームで体験することになるとは、思いもしなかったが……。
「となると、今日一日暇になるな」
「それなら、三人で拠点見回ったりする?」
「良いですね。わたくしもお付き合いしますよ」
というわけで、今日の暇潰しが決まる。
クロが昼食、オレが仮眠する時間が来るまで、三人は拠点内のショップを見回った。
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