第49話「ジェネラル強襲④」


 真っ赤な鮮血が、吹き出すのが見える。


 それは本物ではなく、ゲームのエフェクトだと理解しているが、それでもソラにはギオルの命の源が抜け落ちるような印象を与える。

 右腕を失ったギオルは悲鳴を上げずに、その場に両膝を着いた。

 HPは右腕を失ったことで三割減り、出血の状態異常により、更に減り続ける。


「す、直ぐに治療します!」


 我に返ったアリアが、慌てて回復スキルを使用するが、切断された右腕はトカゲみたいに生えてきたりはしない。


 だが何よりも、リヴァイアサン・ジェネラルからの窮地は、未だ脱してはいないのだ。


 まるで己の存在をアリアに主張するかのように、わざとらしく大きな音を立てて眼の前に仁王立ちする、人の姿をした大蛇。

 間近で、その姿を目の当たりにした彼女は、両手を翳(かざ)した状態で固まってしまう。


「ひ……っ!?」


 リヴァイアサン・ジェネラルが、確実にアリアの命を断つために剣をゆっくり上段に構える。

 刃に纏うのは、緑色の発光。

 アレは〈デュアルネイル〉だ。

 彼女と同じく、ジェネラルに気圧されて固まってしまい、周囲で動ける兵士は一人もいない。


 このままでは、アリアは死ぬ。


 ソラは空になったHP回復のポーションの瓶が光になって消えた後に、この窮地を脱するために側で疲労度の回復を待つクロに言った。


「クロ、オレは今から防具と剣を全解除する。この意味がわかるな?」


「つまり、わたしが軽くなったソラを抱えて走れば良いんだね」


「その通りだ。それともう一つ、この距離と疲労度の上がりぐらいから推測して、クロの疲労度じゃ途中で50%を越えると思う。だからギリギリで、オレをアリア達の所まで投げてくれ」


「りょーかい、限界ギリギリで投げたら良いかな?」


「ああ、任せるぞ相棒」


 もう時間がない。


 クロが、全身に赤い光を纏う。


 格闘士のスキル〈戦意高揚〉だ。


 対してオレはステータス画面を手早く操作して、装備している物を服以外全て解除する。

 一括解除はないので、もちろん全部一つ一つ手動だ。

 これも実にもどかしいので、どこかで改善されないだろうかと思う。

 準備が完了すると、黒髪の少女はスキルで高められたステータスを用(もち)いて、服以外の装備を解除したオレを軽々と小脇に抱える。

 そして全力で、その場から疾走した。


「ぐ、ッ!」


 とてつもないGが掛かり、顔が歪む。

 

 視線の先では、今にも大剣が振り下ろされようとしている。

 一方で右上の隅にあるパーティーの一欄では、クロの疲労度が上がっていく。


 やはり毒の影響か、疲労度のたまり方が明らかに早い。


 ソラはタイミングを測り、クロに叫んだ。


「今だ、オレを全力で投げろ!」


 半ばまで来て、疲労度が限界に達する直前、クロが急停止してその場で高速回転。

 

 並の人間ならば意識を失いそうなコンボだが、一年前にVRゲームの機動ロボットで360℃を変態機動していたオレにとっては、微々たるものだ。


 それよりも気になったのは、一体どこで彼女は砲丸投げの技術を学んだのか。


 完璧なフォームでクロは両手を使い、オレをその場から、全身全霊で投擲する。


 それと同時に、アリアを確実に殺そうと力をためていたジェネラルの大剣が、振り下ろされる。



 間に、合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!



 鋭く、低く。

 途中で地面に接触する寸前、一瞬だけ足で地面を蹴り、〈ソニックソード〉と併用して低空高速飛行をする。

 その間に装備画面を素早く操作して、白銀の剣だけを装備すると、ソラは〈ソードガードⅡ〉を発動。

 風の閃光を纏って、アリアとギオルを切り裂こうとする大剣の前に、これ以上ないタイミングで横から現れた。


「ハッ!」


 身体を捻り、移動エネルギーを全て攻撃に転換する。


 下段からスイングアッパーの要領で、ソラは上段から迫る大剣に叩き付けた。


 しかも投げられた勢いに、ソニックソードの加速を利用している分、こちらの方が剣の威力にボーナス補正が掛かる。


 金属同士がぶつかる甲高い音と共に、激しい火花が散った。

 勢いのままソラはデュアルネイルの初撃を押し返すと、反動を利用して強引にその場に踏み止まる。


 なんとかギリギリ間に合った、とソラは心の底から安堵した。


 これは後で、クロを褒めてやらねば。


「そ、ソラ様ぁ……」


 余程怖かったのか、瞳いっぱいに涙を浮かべるアリア。

 彼女にオレは、先ず謝罪した。


「遅れてごめん、ギオルは?」


「傷口は縛って止血しましたが、ショックで気を失っております。命に別状はありません」


「分かった、直ぐに終わらせて拠点に戻ろう」


 表面上は冷静だが、内心怒っている。


 漢のロマンを拒絶した挙げ句に、か弱い少女を殺しに走るとは、万死に値する行為だ。

 例えシステム的に、残りHPが0に近くなったら、こうするようになっていたとしても。

 オレは絶対に、


 ユ ル サ ナ イ。


 怒りを胸に、殺意を高めて。


「覚悟は良いな、クソ蛇野郎?」


 キレたソラの双眸そうぼうが、鋭く敵を射抜く。

 相対するリヴァイアサン・ジェネラルは、眼の前の障害を排除しようと剣を構える。


 張り詰める空気。


 ギオルの事もあるので、ここで勝負を一気に決める。


『グルゥアッ!』


 大蛇は唸り声を上げると、先程と同じように大剣を上段に構える。


 これまでソラが散々〈ソードガードⅡ〉で受けていたからか、ジェネラルは数あるスキルの中から〈ガードブレイク〉を発動。

 オレを剣ごと真っ二つにせんと、全力で振り下ろしてくる。

 冷静に迫る大剣を見据えたソラは、ある一点を狙い、剣を構えた。


 どのVRゲームでも同じことなのだが、武器を使った攻撃スキルは、ただ使用するよりも身体を攻撃に合わせてフルに使うことによって、威力と速度を底上げできる。

 それはこのアストラルオンラインでも同じことであり、アシストに上乗せされた技術は、スキルの威力を一段階上に押し上げるのだ。


 つまり、どういうことかと言うと。


 白銀の剣を横に構えると、ソラは身を低くして、自身の限界ギリギリまで身をよじる。

 イメージするのはバネ。

 極限まで力を溜め込み、一気に解き放つ。

 選択するのは、現状で最強の威力がある刺突スキル〈ストライクソードⅡ〉。


 光り輝く青い風を纏う突き技が、真っ向から衝突すると、一瞬だけ拮抗する。

 誰がどう見ても、白銀の少女が押し負けると思うだろう。


 しかし、そこでオレの狙いが発動した。


 今まで散々ジェネラルの大剣には、騎士隊の盾と〈ソードガードⅡ〉で巧みに受け続け、ダメージを蓄積させてきた。

 狙って地面に何度も受け流し、叩きつけまくった事でその耐久値は、通常以上に大きく削れている。

 そして先ほどの〈デュアルネイル〉を受けた際に、敵の大剣は耐久値の限界に達した。

 後は、簡単な仕事だ。

 敵の剣の一点に最大火力の〈ストライクソードⅡ〉をぶつける事によって、ジェネラルの武器は崩壊する。


 先ず最初にバキン、と音が鳴った。


 耐久値が0になったジェネラルの大剣は、斬撃を受けた部分から折れて、そのまま全体に罅(ひび)が広がって砕け散る。


 予想外の事態に、ソラ以外の誰もが固まった。


 しかし、ここで終わらない。


 敵のHPは残り三割。

 手数の多い技では、逃げられる可能性がある。

 故に選ぶのは、片手剣の熟練度35で取得した〈ストライクソード〉以上の攻撃力を有する、新しいシングルの攻撃スキル。


「これで、終わりだッ!」


 ジェネラルの苦し紛れの右ストレートの拳を紙一重で避けて、ソラは高く跳躍する。


 夜闇に、白銀に輝く風の刃が鮮明に軌跡を描く。




 その名を──〈レイジ・スラント〉。




 全ての邪悪を討ちはらう白銀の刃が、大蛇の胴体を一閃。


 三割もあったリヴァイアサン・ジェネラルのHPが、必殺の一撃によって0になる。

 大蛇が、断末魔の声を上げた。

 巨体は崩壊を始めて、細かい光の粒子となって、闇に呑まれて消える。

 強力な一撃を放った代償として、20秒もの硬直時間を強いられたソラは、その場に膝をついたまま動けなくなった。


 称号の効果によって恐ろしいくらいの経験値が入り、オレのレベルは27から30に、クロのレベルは20から23に上がる。


「ソラぁ!」 


「ソラ様!」


 身動きの取れないオレに、何やら感極まったクロが抱きついてくる。

 ソラは彼女に笑みを浮かべると、続いて意識を取り戻したギオルを含め、駆け寄ってきたアリア達に揉みくちゃにされた。


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