勇者の苦悩1
(俺は弱い。この世界じゃ成長途中の魔王キーラにもすぐに追い抜かれるだろうよ。何が不死だ。死なない体じゃ何も成し遂げられねぇ。いや、勇者の力を失ったからか、ここ五十年俺の心はどんどん沈んで行ってる。四大精霊と過ごした修行時代を思い出せアイシス。あのきつさはだてじゃなかった。だが俺は弱い、弱いんだ)
一見すると十五から十六歳ほどの少女、華奢な体に少し吊り上がった目、宝石のような輝く青い瞳に空のような色の髪にしなやかな筋肉
彼女こそこの世界最後の勇者アイシス
魔王と勇者の因縁を断ち切り、全ての種族と魔族を繋げた立役者
精霊達に愛され、勇者の力を持って生まれたが、先代魔王と相打ちその力を失った
今はただ不死の力が残るのみ
それでも彼女は世界でも最高水準の力を誇っている
並大抵の魔物程度ならばその拳一つで沈めてしまうだろう
だがこの世界の頂点たちと比べれば彼女の力など凡才と言っていいだろう
竜族第一王女といい勝負と言っていい
アイシスは今しがた倒した畑を荒らす魔物を見下ろしてハァとため息をつく
倒した魔物はBランクとそこまで強くなく、アイシスならば勇者の力がなくとも十分倒せる
「勇者様! どうもありがとうございました。これで村は救われます」
「ん? ああいやなんだ。俺はこういうことしか出来ねぇからよ。ところでどこかに水浴びができるとこってないか? 血で汚れちまってな」
「でしたら村の裏に川が流れております。そちらをお使いください」
「ありがとよ」
にひひと笑うアイシス
その笑顔は普段若い女性を見慣れていない村の男どもにとって衝撃的な破壊力があった
この村の若者はほとんどが都会に出ている。残っているのは若者と呼ぶには歳をとっている男どもや老人、まだ働けない子供くらいである
そんなアイシスの沐浴を覗こうと思うのは男の悲しい性というものだが、当然村の恩人を性的に見るのも許されるようなものではない
男たちは村の血気盛んな女性たちによって粛清される結果となった
村の裏手、そこには清らかな水が静かに流れていた
傍らの草むらに寝ころべばそのせせらぎが心地よい子守唄となるだろう
アイシスはおもむろに服を脱ぐと綺麗にたたみ、川へと入った
その胸には大きな古傷がある
五十年前先代魔王との戦いによってついた傷だ
今でもその傷がうずくのか、彼女は時折胸を抑えることがある
もちろん傷は癒え、命に大事は無いし、そもそも彼女は不死だ。傷で死ぬことはない
「はぁ、何日ぶりかな? む、やっぱ水浴びくらいは毎日しとかないとなぁ、臭いがなぁ」
ブツブツと独り言を言いながらアイシスは体をこする
「キーラのとこに帰ったらゆっくり風呂にでも浸かるかな? キーラと一緒に」
現魔王キーラは勇者に救われた
そのためか勇者を姉のようにしたい、アイシスもまた彼女を妹のように可愛がっている
「平和は築かれたが、どうにもここの所きな臭いんだよなぁ。情報は、まああるが、うん、やっぱりリディエラと話す必要はあるよなぁ」
これからのことを考え頭を掻きむしる
多少汚れてはいるが、髪は綺麗なもので指通りもいい
さらりと流れる髪の毛はこの川の流れのように透き通っていた
「さて上がるか。で、この後は・・・」
川から上がると裸のまま服からメモ用紙を取り出した
そこにはびっしりと情報や国々の情勢、困っている人の依頼などが書き込まれている
大雑把なように見られがちだが、彼女はこれでかなり几帳面で繊細だ
男勝りなところもあるが基本は乙女であり、当然恋もしたいのである
だがその性格と宿命故にそう言ったことには関わらずに生きてきた
「よし、直近の依頼は全部こなしたから、一旦魔国に戻るか」
彼女は今魔国の隣国であるアンデッド国にリディエラが来ていることを知らない
魔王キーラに会うことを楽しみにしながら汚れた下着を変え、服を着なおして村人たちに挨拶をすると宙を浮かび、魔国へと飛んだ
飛びながら彼女は考える
(もう一度勇者の力を手に入れればどうすればいい? みんなを守るための力を取り戻すにはどうすれば・・・)
悩む勇者アイシスだったが、その答えは自らの体に秘められていることを、彼女はまだ知らなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます