第207話新たな『勇者』と意味

 

 俺たちがゲートの処理のために動くようになってから一ヶ月が経った。


 最初の頃は前情報がほとんどないダンジョンに苦戦し、それなりに怪我もした宮野達だが、今ではもうそんなことはなくなった。


 ほとんど情報がないってダンジョンだったが、不幸中の幸いなのはゲートの大量発生って言っても、その大半は既存のゲートの共通点のある場所だってことだな。

 環境や植物やモンスターにその他諸々……。色々とあるが他のところで活動してきた知識は十分に役に立っているので、初見といっても全く何の情報もないわけでもなかった。


 そのおかげで、俺たちは今日も無事に生き残ることができ、研究所の談話室というか、俺たち用のリビング的な場所で集まって休んでいた。


「ふぅ……今日も無事に終わったわね」


 ゲートの大量発生が起こり、その処理のために活動し始めてから一ヶ月が経過したわけだが俺たちは今日もゲートの処理のためにダンジョンに潜り、コアまで到達してきた。

 コアまで到達したといっても、その後は直接コアを壊すことはなく爆弾をセットしておしまいだが。


 この一ヶ月の間に、人柱を使わなくてもコアを破壊する方法ができた。それが遠隔操作の爆弾だ。

 爆弾と言ってもコアは魔力を込めることで破壊できるのだから、既存の物理的な爆発ではなく魔力的なものだ。


 しかし、そのためにはそれなりに強力な魔石が必要になるし、一つ作るのにそこそこ時間がかかる。

 なのでそう何個も用意できるわけでもないから、必要なところではいまだに人柱を使っている。


 それでも対処する策が多少なりともできたんだからそれは喜ぶべきことだろう。


「でもさー、これあとどれくらい続ければいいわけ? もう一ヶ月経つでしょ?」

「もう経った。昨日で異変から一ヶ月」

「でしょー? 全然終わりそうもないんだけど?」

「でも、世間的には割と、落ち着いてきた感じだよね」


 この一ヶ月の間、生活や環境はだいぶ変わった。


 当然だな。ゲートを処理しているって言っても、全部を壊せるわけではない。中には壊すのが間に合わずにゲートからモンスターが溢れ出す場所だってある。

 そうなった場合は、残念ながらその地点にいたものは犠牲になる。


 俺たちだけではなく戦える者は急いでその場に駆けつけるが、それでも怪我人や死者が出てしまうのが現実だ。


 市民はなんでもっと早く対処しないんだ、なんて騒ぐ奴もいるが、そう言う声は全て無視される。ひどい時には拘束されるし、支援物資が減らされることだってある。


 だがそれも仕方がない。大変なのは誰だって同じなんだし、そんな状況で自分を助けろなんて騒いでも助けられるわけがない。


 一部政治家や企業の役員なんかは自分を優先しろと宮野達や他の勇者や冒険者に圧力をかけてきた奴らもいるが、人間……と言うよりも力を手に入れた奴というのはどこまでいっても変わらないものだと呆れるしかない。


 仕方ないので何か面倒を起こされる前に何とかしろという願いを叶えてやろうと思ったのだが、宮野達はそれら全て無視した。


 曰く、「みんな困っているんだから、誰かを優先なんてできない。順番にやっていく」だそうだ。


 まさに『勇者』。これぞ正しい勇者の姿だ。そう思わせるのには十分すぎるほどの言葉と行動だった。


 だがまあ、そんな命令に逆らうような事をしたら当然ながら〝偉い奴ら〟から反発はあるのが世の常で、実際に反発があった。


 が、今の政治家にも企業にも、何の力もない。


 いや、何の力もない、と言うと語弊があるか。

 だが、命令したところでその言葉に『力』がないのは事実だ。


 宮野達に自分たちを守らせるために何をする? 罰を与えるか? どんなだ?


 禁錮? この状況でそれはバカのやることだ。勇者という戦力を動けなくするなんてやるわけがない。

 罰金? ゲートの処理で出るはずの報酬で十分に賄えるし、むしろ宮野達に報酬を支払わなければならないほどだ。

 労役? ゲートの処理ならもうやってる。


 詰まるところ、何を言ったところでそれは言葉だけのもの。他には何もできないのだ。


 結果として、自分たちを優先して守ろうとしない宮野たち相手であっても、騒ぎ立てるだけで何もできなかった。


 それでも騒ぐやつは残っているわけで、同時に、状況が見えていないやつというのも、残念ながら一定数いる。


 そういった奴らは状況を考えず、先を見ることもせず、宮野達に強引に罰を与えた。


 罰、と言っても支援物資の削減という自分の首を絞める行為だったが。

 そんな事をして万が一にでも『勇者』が死んだらゲートの処理が遅れて危険なことになるんだが、どうやら自分の行動がどんな結果をもたらすのかわかっていないらしい。ただ相手の足を引っ張ることだけしか考えていないようだった。


 そんな事をした理由は、曰く、「国を導く自分たちを優先して守るべきだ」。要約するとそんな感じ。まあ自分が特別な存在だと勘違いしたやつによる馬鹿げた言葉だな。実際にはもっと長ったらしく無意味に言葉を吐き出していたが、思い出すのも嫌になる程なので割愛する。


 一般市民の俺からしてみれば、「何が導くだハゲ。黙ってろ」って感じだ。


『王でいるには民が必要だが、民でいるのに王は必要ではない』


 どっかでそんな感じの言葉を聞いたんだったか見たんだったかしたが、まさにその通りだ。政治家なんてのは必ず要るってわけでもない。

 そりゃあ一定以上の文明を築こうとしたらまとめ役は必要なんだろうけど、そのまとめ役が腐ったリンゴなら要らない。むしろない方がマシだ。


 導いてやるから助けろ、何て言うようなやつは、邪魔だから消えてくれてどうぞ。


 そんなわけで、邪魔をしてきたやつには退場してもらうことにした。


 と言っても、殺したわけじゃない。やってやれないわけでもないが、そんなリスクを犯す必要はないわけだし、ちょっとマスコミを使っただけだ。


 佐伯さん達に協力してもらって宮野達に出された罰に関する書類を集め、宮野達が連日にわたっていくつもゲートを壊したって活躍と、実際に怪我をしながら帰ってきた宮野達の姿を報道をした後に、その罰関連の書類をテレビに映してもらっただけ。


 それだけで市民達は騒ぎ、その罰を出したやつは辞職し、罰自体も撤回された。


 しかしそれだけで終わるはずもなく、この異常事態で溜まった鬱憤を晴らすかのようにその罰を出したやつは辞職した後も家に物を投げ込まれたり落書きされたりした。そいつは最終的にはノイローゼになってどこかへと消えていったらしい。


 それ以降、そいつのようにバカな真似をして邪魔をする奴はいなくなった。


 罰は与えずとも宮野達に直接言いにきた奴らもいたが、ゲートの処理を終えて血だらけの宮野達を相手にして文句を言ったやつは、周囲にいた市民達から罵詈雑言の嵐。あわや暴力沙汰となりそうなところで宮野が止め、文句を言いにきたやつは全身を血に染めた宮野を前にして何も言えずに帰っていった。


 そんな色々なことがあったわけだが、それでも一ヶ月経った今ではだいぶ落ち着いてきた。


 文句を言う奴も騒ぎ立てる奴もいないわけではないが、それでも表立ってそう言うやつは周りから潰される状況が出来上がり、今ではみんな大人しいもんだ。


 邪魔がなくなったおかげでゲートの処理も順調に進んでいるし、国家滅亡、なんてことは今の所は回避できている。


 最初は前情報のないダンジョンになれずに怪我を負うことも多かったが、それでも最近では怪我の頻度も減ってきているし、ゲートから出てきた時に血まみれになっている、と言うこともなくなった。


「まあ人間そんなもんだろ。慣れさえできればなんとかなるもんだし、人間はどんな状況だって慣れることができるもんだ。それがどれほど異常なことでもな」

「こんな状況に慣れたいとは思えませんけどね」


 しかし、状況が安定し慣れたとは言っても、危険が溢れているのは変わらない。


 今までダンジョンに潜って命の危険と隣り合わせになったことはあっても、それが常態化した状況なんてのは想像してこなかった宮野としては、この『異常に慣れてきた』という異常を受け入れ難いようだ。


 まあ、それは俺も同じだけどな。こんな状況に慣れるほど体験したいとは思わない。


「そりゃあ誰だってそうだろ。俺も同じだ。慣れたいなんて思わねえよ」


 何せ本来ならもう冒険者なんて辞めてどっかで勤めてるはずなんだからな。なんだってこんな状況を解決するために動かにゃならないんだって話だよ。


「でも、日本は世界的にマシな方、なんですよね? 場所によっては暴動やなんかが凄いって、ニュースを見ますし……」


 そうだな。北原の言うように、状況が落ち着いてきたと言っても、それはごく限られた地域だけだ。

 日本にはゲートを比較的簡単に処理できる文字通り一騎当千の猛者——『勇者』の数がバカみたいに多い。

 だからこそ、ゲートの数は減っていくし、何かあってもすぐに対処できる。


「まあそうだろうな。日本は領土の割に強い覚醒者が多いからな。勇者は今十人いるが、どう考えても多いからな」

「十人? 九人じゃない?」

「ん?」


 日本には宮野を合わせて十人の『勇者』がいたが、ゲートの崩壊に巻き込まれて一人減っていた。

 この状況で勇者が一人死んだと知らせるとなると、それだけで市民の不安を煽ることになるので世間にはそのことは公表されていないが、俺たちみたいな一部の関係者には知らされていた。


 だからこそ安倍はその事を疑問に思ったみたいだが、俺が十人と言ったのは数え間違いというわけではない。


 確かにこの間までは九人だったが、今はもう一度十人に戻ったのだ。

 つまりは新しい勇者がでたって事だな。


「あ、そういえば、天智さんも『勇者』になったんだよね」

「ああ、そう言えばそうね」


 北原が思い出したかのように言ったが、それに反応したのは宮野だけだった。


 一応天智が『勇者』に認定されたのはこの間テレビでも放送された。

 そしてこの研究所にもテレビの類はあるので外の情報を集めることはできるんだが、安倍はゲートの処理から帰ってくると書庫で本を読んでたり新しい魔法の研究なんかをしているし、浅田は浅田はニーナのところでダラダラしているのでニュースは見ていないようだ。


 まあ、浅田の場合はニーナのところでダラダラしてると言っても、女子的なファッションだとか作法だとか、ニーナに色々と教えて面倒を見る感じだな。こいつ、意外と面倒見がいいんだよ。ものを知らないニーナに俺では教えられないようなあれこれを教えてくれて相手してくれている。


「ああ、お嬢様な。まあ実力はあったし、おかしいことでもないだろ」

「ええ。けど本人は不本意だったみたいで……」

「どうして? あんな勇者にこだわってたじゃん」


 おお嬢様が勇者に憧れていたことも、勇者になりたいってことも俺だけではなく宮野達全員が知っていた。

 だと言うのに、勇者になれても不本意そうだと言う話を聞いて、浅田は不思議そうに首を傾げた。


「なんとなくの予想はつくけどな」


 あのお嬢様、元々勇者級の才能と実力はあったんだ。宮野は一年の時に『勇者』に認定されたが、それと互角に戦うくらいの力はあったわけだしな。


 だがそれでも勇者として認定されなかったのは実績がなかったから。

 宮野みたいに特級を派手のぶっ倒すような一撃を放つ機会があって、それが衆人環視の中で行われたのなら実績なんてなくても勇者となれる。何しろみんな見ている状態で力を見せつけたんだから、実績なんてもんで力があることを証明する必要がない。


 だが、お嬢様はその力を持ちながらも機会には恵まれなかった。

 それは今でも変わらなかったはずだ。特級のモンスターを自分たちのチームだけで倒したわけでも、何かしらの異変を片付けたわけでもない。

 まあ、普通はそんなもんだ。異変や特級モンスターなんてそうそう簡単に遭遇することはない。俺たち……と言うか俺が異常なだけ。


 そして実績がないってのは今までずっと変わらなかったはずだ。それなのに、実績がないままこの状況になって突然の『勇者』としての認定と公表。

 そこに裏がないと考えるほど、あのお嬢様は頭がお花畑していないだろう。


「多分、功績と状況じゃないのか?」

「はい。その通りです」

「どういうこと? 功績は、まあ分かるけど状況って?」

「功績はそのままの意味だな。勇者になるには大抵が何かしらニュースになるような偉業を成す必要がある。……まあ必ずしも必要ってわけじゃないし、実際に何か特別なことをしないでも勇者の称号を与えられたやつがいないわけでもないけどな」


 勇者ってのは居ればそれだけでその所属している国の発言力に繋がる。

 だからこそ、格付けのために実績はなくてもそれっぽい能力があれば、勇者として讃える国があるわけだな。

 まあそういう奴らはちょっと順番が前後するけど、後からちゃんと実績を作ってるから今では問題ないけど。


「お嬢様の場合は、勇者として認められている宮野と対等に戦ったんだし、最後の攻防は勇者にふさわしい力を見せた。だから勇者の称号を与えたんだろうな」


 実績という点ではいまひとつだが、実力で言えば勇者になり得るだけの力はすでに披露していた。

 だからお嬢様を勇者に〝仕立て上げた〟ってのが理由の一つ。


「で、状況の方だが、周りを見てみればわかる通り、今の世界の状況は控えめに言ってかなりやばい。世紀末手前だ。国としてはどうにかして国民を大人しくさせておきたいんだろうが、言葉だけじゃ意味がない。大丈夫だから落ち着いて、なんて言われたところで、本当に落ち着ける奴なんていないからな」


 自分の家のすぐ目の前にゲートが突然出現して、そこからモンスターが出てくるかもしれない。しかもそれがいつまで続くのかわからないとなれば、市民達の不安はいやでも強まっていく。

 いくら政府が「冷静な行動を〜」とか「解決してみせる〜」とか言ったとしても、それを素直に信じられるわけがない。


「だから勇者?」

「そう。こんな状況だけど、新しい勇者が生まれたとなれば、それは説得する材料の一つになる。完全に落ち着かせるにはならないだろうが、それでも状況は悪くなるだけじゃないって刷り込むことはできるし、こう言う状況では不安な奴ほどか細くても希望に縋り付く。『新しい勇者』って希望にな」


 危機的状況なのは確かだ。いつ終わるともわからず、解決策を明確にすることもできていない。

 だがそんな状況でも、新しい勇者が現れたんだったらその後も出てくるかもしれないし、どうにかなるかもしれない。


 そう市民達に思ってもらうのが目的だろう。

 こんな状況では、それがどれだけ根拠の薄いものであったとしても、可能性があるなら縋り付くものだから。


 そして実際に解決策はまだ見つかっていないものの、日本はその領土の狭さも相まってゲートの処理が他国よりも進んでいるので、天智飛鳥という『新しい勇者』が出てきたということもあって、市民達もそれなりに落ち着いてきた。


 お嬢様を多少強引にでも『勇者』にした意味は十分にあっただろう。


「だが、お嬢様は〝お嬢様〟だからな。大臣の関係者やってんだから裏事情も知ってるだろうし、そうでなくてもちょっと考えればわかることだ。それに、プライドも高い。だからそれが気に入らなかったんだろうよ」

「つまり、実力で認められたわけじゃないって思ってるってこと?」

「だろうな」


 俺はそう言いながら肩を竦めるが、実力で認められていないってのは単なるお嬢様の勘違いだと思う。


 お嬢様の場合は、ただ単に見せる機会がなかっただけで実力そのものは認められていたはずだ。でなければ、こんな状況だって言っても勇者にするわけがない。勇者にしたやつが簡単に死んだらその方が困るからな。


 それに、お嬢様がそうと認識しているかはわからないが、力を見せていないってわけでもないんだ。


 去年の修学旅行前にあった宮野達との戦い。あの時にお嬢様は宮野と引き分けている。むしろ判定とは言え勝っている。『勇者』である宮野に、だ。


 あれは実戦ではないし特級のモンスターを倒したってわけでもないが、勇者である宮野の攻撃を相殺できるほどの力はあるんだ。十分に勇者としての力を見せることはできたと思う。


 とは言え、その辺のあれこれに関しては特に何も言うつもりがないけどな。

 本人がどう思い、何を目標にし、どこに向かって進もうと、それは本人の勝手だ。

 それがいいかどうかを決めるのはお嬢様自身だしな。俺がどう思ったところで関係ないことだ。


「俺からしてみりゃあ、勇者なんて称号にどれほど意味があるんだって感じがするけど、お嬢様にとっては大事なことなんだろ」


 俺は勇者なんて称号は意味がないと思っている。その目的も、勇者の実態も裏側も色々と知っているわけだしな。

 称号の有無なんかよりも、そいつがどう考えて何をなしてきたかの方が大事だと思う。それは勇者に限らない話だけどな。


 だから肩を竦めてそう言った。


「勇者の意味……深い」

「勇者よりも強くて勇者よりも人助けをしてる伊上さんが言うと、実感ありますよね」


 そんな事を言って頷いている宮野に何と言ったものかわからず、俺は微妙な顔をしているとわかりながらもそのまま黙り込んでしまった。


「——そろそろ反省会もいいだろう。俺はニーナんところに行くからな」


 そして持っていた茶を飲み干すと、そう言って立ち上がった。


「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃん」

「うっせえよ」


 揶揄うように言いながら腹を突いてくる浅田の手を払ってそれだけ言うと、ニーナの部屋に行く前に一旦着替えようと自分用に与えられた部屋へと歩き出した。

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