第201話原因と演説

 

「これからどうしますか?」

「さあな? とりあえず落ち着くまではここで待機するべきだろうが……」


 一応この場にあるゲートからはモンスターを排除することができたが、それは一時的なものに過ぎない。ゲートのコアを破壊するまでモンスターは産まれ続けるのだから。

 そして増えたモンスターはこちら側にやってくる。


 ここは周囲に何もない場所ってわけじゃない。この場に残っていれば何かあった時に余計な被害を生むことになるので、さっさと壊したほうがいい。

 壊さないにしても軽くでも調査を済ませるべきだ——普通ならば。


 だが、今はゲートの向こう側に侵入するのは待ったほうがいいだろう。


 何せここは学校だ。最近ゲートで起こった異常事態については連絡が入っているはずだし、もし学校関連の場所でゲートが開いた場合の対処なんかも決められているかもしれない。


 もしそうなら生徒達を勝手にゲートの中に突っ込ませるのは当然のことだが、俺たちが突っ込んでいくのもまずいだろう。


 とはいえ、ゲートの中に入らないにしても何かしらの情報は……例えば学校側はどういう方針で行くのか、とか何かあった時にはどれくらいの戦力があるのか、とかそういうのを知りたい。


「ああ、ちょっとあいつにも聞いてみるか」


 周囲を見回してみると俺の知っている教師の姿は見えなかったが、代わりに知り合いの姿を見かけたので宮野達から離れてそいつに話しかけてみることにした。


「工藤。なんか知らないか? 学校の方針的なあれこれ」

「突然ですね。ですが、あいにくとこちらもなんの情報もありません」

「そうか。まあ、そうか。じゃあ、なんかあったら教えてもらえねえか?」

「ええ、わかりました。あなたも何かあったら教えてください」


 俺が知らなくてもこいつら何か知っているかもしれないと思ったのだが、しかし特になんの収穫もないまま宮野達の元へと戻ることとなった。


 そうなると、この場を空けるわけにはいかないし何かあるまで警戒、待機、でいいか?


「そういうわけで、なんの情報もなかった」

「佐伯さん。あの人は何か知らないんですか?」

「何かって言っても、あの人ゲートの観測にも処理にも携わってるわけでもないし、専門は研究職だからな。突発性とは言っても、希少なもんってわけでもないんだ。こんなところに出たゲートの対応について聞いても何にもわからないと思うぞ」


 でもまあ、最近突発性のゲートが多いし、異常がある可能性があるんだからそれ関連で何か特別な指示とかあって、それらのことを知っているかもしれない。


「うおっ! ……って、なんだ地震速報かよ」


 なので宮野の言った通り一回電話をしてみようと思ったのだが、ケータイを取り出して通帳画面を開いた瞬間に危機感を煽るような音を立てながらケータイが振動した。


「こんな時に地震って、ほんとになんか起きそうですよね」

「なんかって、天変地異的な?」

「あった場合は確実に巻き込まれそうな気がするな、それ」


 地震速報を無視して佐伯さんに電話をかけたんだが、どうにも繋がらない。通話中ってわけでもなく、なっているはずなのに出ない感じだ。


「……おかしいな。でない。あの人、この時間なら暇してるはずなんだが……」


 普段ならあの人は研究所のトップだというのにも関わらず、どこかでタバコを吸って怠けていることが多いらしい。そうでなくても今の時間はちょうど昼休憩とかぶっているだろうし、暇なはずだ。


 だというのに電話に出ない。


 ……おかしい。また何かあったのか?


「? 地震速報が鳴ったのに、地震遅いね」


 佐伯さんが電話にでないことを訝しんでいると、不意に北原がそんなことを言った。


 だが、そう言われてみれば確かに地震速報が来たのに揺れていないな。揺れに気づかなかった、なんてのはこの警戒している状況ではあり得ない。


 なら、なぜ? 誤報か?


「言われてみれば……」

「でも、地震速報が鳴っても場所によっては揺れない場合もあるんじゃ——」

「これ見て」


 俺と同じように北原の言葉で気が付いたのか、浅田がハッとしたように呟き、宮野がその疑問に答えるかのように言ったのだが、その言葉は安倍によって途中で止められることとなった。


 安倍は宮野の言葉を止めると同時に自身のケータイを取り出してその画面を見せてきた。


「なんだ?」


 俺たちは前に出されたその画面を頭を突き合わせて覗き込むと、そこにはとても簡潔な短い言葉だけが書かれていた。


『世界中にて突発性のゲートが多数同時に出現。最低観測数は二百。更に増える恐れがあるため、緊急避難場所への退避を推奨』


 書かれていたのはそんななんの飾り気もない端的な内容の文だった。


「は?」

「え?」

「何、これ……」


 その内容に一瞬訳がわからないように呆然とした俺たちだが、それも仕方がないんじゃないだろうか。


 しかし、なぜかその文を見た瞬間に、「ああそうか。今の地震速報は地震じゃなくてこれを見せるためだったのか」、なんて不思議としっくりときた。


 だって今まで突発的なゲートは開いたことはあったが、こんな警告文が出されたことはなかったし、そもそも地震速報を利用しての何かしらの情報の大々的な周知なんてことはゲートに限らず聞いたことがない。


 だというのにも関わらず、突然のこんな警告文だ。

 そして警告の内容を肯定するかのように現在俺たちの前では突発的なゲートが出現している。


 前もって大きな異常が起こるかもしれないとわかっており、突発的なゲートが出現し、直後に地震速報の危機感を促す音がなって、それと同時にこんな警告文が出てきた。

 これで関係がないと思うほうが難しいだろう。


 だがそれでも今まで起こったことがない出来事に、俺も混乱しているんだろう。

 今までいろんな問題に遭遇してきたが、それらはある程度想像ができていたことだった。

 ダンジョンに潜って特級に遭遇するのも、新しい勇者がどっかの勢力から襲撃を受けるのも、協力を求められた先で養女と似たような者達と戦うことになるかもしれないというのも、全部完全とはいえないもののある程度は想定していた。


 だが、これは……こんなことは想定していなかった。だって、世界規模だぞ?

 一つ二つ……十や二十程度までならまだ理解できる。『普通』からは外れているが、それでも常識の埒外だというほどのことでもないのだから。


 複数が同時に発生するのだって、俺たちはゲートについて、なんで発生したのか、どういう原理なのかなんて事はわかっていないのだから、そういうことがあっても、おかしくないと言えばおかしくない。


 だが、それが世界中でとなると話は変わる。百や二百だなんて……まさに桁が違う。しかもこれからさらに増えるとなればその異常性は明らかだ。


 故に、そんなありえない異常事態にゲートと速報と警告の関連性はわかっても、どうしてこんなことが起こったのか、どうするべきなのか咄嗟に判断することができずに呆然としてしまった。


 そして特に意味があってのことではないが、なんとなく顔を見上げてケータイの画面を見せてきた安倍の顔を見てみると、そんな警告文を見せてきた安倍も俺たちと同じように訳がわからなそうに顔をしかめていた。


 そのまま顔を周囲に向けると、その場にいた者達がケータイを見ながら俺たちと同じように呆然としていたり、近くの者と話しているが、その内心としては同じようなものだろう。


「世界中に多数同時に出現って……どうしてそんな——っ!」


 自分で考えをまとめるためにそんなふうに口にしたのだが、その途中で頭の中に一つの考えが浮かんだ。

 考え、というよりももはや確信に近かっただろう。


 救世者軍。奴らはゲートを開く技術を手に入れたはずだ。


 そのせいで半年ほど前にあった修学旅行の時には苦労させられたし、街にも被害が出たんだ。

 それを今回世界中で使ったんだとしたら、原因としては一応の説明をつけることができる。


 しかしなんだってこんな……いやあいつらのやりたいことはわかる。世界の救済だか浄化だかを謳って活動してるんだ。今回だってその一環だろう。そしてこれは、以前佐伯さんと話した時の『追い詰められた末の行動』ってやつだと思う。


「え?」


 であればどう対処するべきか。そう考えたところで、宮野から訝しげな声が上がった。


「どうした?」

「えっと、これ。画面が……」


 宮野は戸惑いながらもそう言って指を差した。

 その先には突き出されたままの安倍のケータイがあるが、その画面は先ほどと変わっており、文字だけの画面ではなくなんらかの動画のようだ。


「なんだこれ……ライブ映像?」


 その動画の中心には一人の仮面の人物がおり、動画全体の雰囲気としてはお偉いさんが演説をするような感じだ。基本的にはそれだけ。

 だが、ただ一人中心にいる人物のせいで、そこはかとない異常さを出していた。


 そしてそれが動画であるのだから動き、言葉を発するのも当然であり、俺が視線を向けた時にちょうど動画に写っている人物が話し始めた。


『この世界に生きる人類の諸君。我々は救世者軍だ。君たちはなぜ我々がこのようなことをしているのか甚だ疑問だろう。自分たちの暮らしを脅かし、世界を破滅に向かわせているのが憎く思うものもいるだろう。だが言わせてもらおう。私たちこそが正義なのだと。世界を破滅に向かわせているのは君達で、私たちはそれを防ごうとしているのだと』


 その言葉だけでこの動画を発信したのが誰かわかった。名乗っているからというのもあるが、こんな世界の破滅だとか正義だとかを本気で語っているような奴はあいつら以外にありえない。


 名乗りと自分たちの意思を伝えたのは救世者軍のトップか? ……いや、違うか。


 この放送は日本語で行われている。『この世界人類』に向けての放送なんだから、日本語なんてマイナーな言語で放送するのはおかしいだろ。使うんだったら、普通は字幕付きで英語とかじゃないか?


 だが実際には日本語でってことは、多分それぞれの言語圏に合わせて違うやつが動画を流しているんだと思う。


 そうなると、トップはおそらく一番使用者の多いであろう英語での放送をするだろうから、今日本語で放送しているこの動画の仮面はトップではないと思う。

 まあ、それでも救世者軍の幹部とか上の方の奴らだってのは確かだと思うけど。


『君たちは、なぜゲートなどというものがこの世界に現れたのか疑問ではないのか? どこぞの愚かな国が愚かな真似をしたから? ああそうだとも。それも要因の一つだ。だが、それは問題が表面化するきっかけにすぎない。根本的な問題は、目に見えないだけで常にそばにあったのだ』


 ゲートを好きに発生させることができる訳だからそうかもしれないとは思っていたが、こいつらはゲートの発生理由を知ってるってか?


『見えることのなかった問題——ゲートの正体。それは、魂から剥がれ落ちた欠片だ。……突然魂などと言われても訳がわからないものもいるだろう。だが、『人の魂の重さは21グラムである』という説を知っているものはいるだろうか? 人の魂というものは、あるだろうと言われながらも観測できたものはいない、摩訶不思議なエネルギーだ。だが、魂がエネルギーの塊だとして、それが21グラムもの重量を持っていることがどれほど異常かわかるだろうか? 例えば電気や光。これが重量を持つに至るのに、どれほどの力を圧縮すればいい?『電気は電子の状態を示すもので、それ自体に重さはない』。私の話を否定しようとするものは賢しらにそう言うだろう。では電気ではなく魔力で聞こう。魔力とは魂のエネルギーを利用しているものであると我々は考えているが、魔力に重さはあるかね? ないだろう? だというのに、その魔力の大元である魂は重さがある。つまりは重さが観測できるほど圧縮されているということで、そんな馬鹿げたくらいのエネルギーの塊、それが魂だ。その欠片ともなれば、たかが欠片だとて無視することはできず、欠片が集まれば膨大な量のエネルギーが貯まることになる』


 ……魂の欠片? 何を言っているんだこいつは?


 そう思ったが、同時に理解できる話でもあった。


 確かに魂の重さの実験の話は聞いたことがあるし、魔力はどこから発生しているのかって話でそれが魂だってのは聞いたことがある。

 呪いや占いってのは生贄を使ってやるものもあるから、それが人が死んだ時の魂をエネルギーとしているのであれば、魂=魔力の塊ってのも考えられないことでもない。


『輪廻転生。人が死んだ時に魂は浄化されると考えれらているが、ではその浄化し、魂から剥がれた汚れはどこにいく? 消滅? 馬鹿な。そんなことはありえない。ものと同じだ。燃やしたとしても、完全に消え去ることなどない。灰となり、姿形を変えて残り続ける。ゲートとは、ダンジョンとは、そんな人が死んだ際に剥がれ落ちた魂の汚れが集まり、澱みとなって世界の裏側に溜まり続けたものが形を得たものだ。だからこそ、ゲートの先にはゴブリンやドラゴンなど、人が思い描いたことのある、まるで御伽噺の中の存在のような生物が存在し、その全てが等しく人間を襲うのだ。奴らの根源は人から生まれ、だが不要だと判断された負の感情なのだから』


 モンスターは同士討ちをしない。それがダンジョンでの常識だ。


 そりゃあ攻撃範囲が大きくて巻き込むことはあるが、基本的に種族が違ったとしてもモンスター達は別のモンスターを自分から進んで攻撃することはない。


 だというのに、人間だけは殺意を剥き出しで襲ってくる。


 そのこともゲートの発生理由と同様に謎だったが、そういうものなんだろうということで世間には認識されていたし、俺もそういうものだと思っていた。


 しかし、それが人間の負の感情によって構築されているのであれば、人間に憎悪し攻撃するのも理解できる。


 だって、人間が一番憎いのは、同じ人間だから。


『今の社会はこの星に害を成しすぎている。環境破壊もそうだが、それよりも深刻なのが今言った澱みによる世界への異変だ。このまま人がこの星に居続ければ、やがて地球は滅びを迎えることとなるだろう。だからこそ、我々は立ち上がったのだ! 今一度あるべき世界の姿を取り戻すために。この星を守り、真なる平和をもたらすために!』


 動画の向こうの仮面の人物がそう叫ぶと、それを最後に動画は終了となった。


 そして、それまで響いていた声が消えるとその場には静寂だけが残った。

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